呼ぶのなら

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呼ぶのなら

上椙さんのマンションの部屋には、シアタールームみたいなところまであった。防音設備があるらしく、四方に置かれたスピーカーから大音量で音が聞こえる。大画面で観る映画は迫力があって、まるで映画館のよう。 本当に映画が好きなんだ。 フラットソファに座って映画を観ている間、ずっと後ろから抱きしめられていた。 「ずっとこうしてるの?」 「そうだよ。どうしても、すっごく、めちゃくちゃ、嫌! って言うならやめるけど」 「そこまで言われたら『嫌』って言えない」 「言えないってことは嫌じゃないんだよ」 上椙さんがわたしの首元に顔をうずめる。 「初めて飲みに行こう、って誘った時、僕のことを僕に相談してきたよね」 そうだった。 初めて誘われた時、同じ会社の人だったし、どうやって土壇場で断ったらいいか、かっちゃんに相談したんだった。 「もちろん、僕は僕を全力で援護したけど」 「これ、怒ってもいいところだよね? わたしが気がついていないからって」 「怒っていいよ。怒ってることも、笑ってることも、言いたいこと言ってくれた方がいい。何に悩んでるのかわからなかったら、何もしてあげられないから」 「上椙さんのことで悩んだら、かっちゃんに相談する」 「あれまだ続けるつもり?」 くだらない話も、そうじゃない話も、一緒にいるだけで幸せな気持ちになる。 これからも彼はわたしの道標でいてくれる。 「上椙さんって、どうして『かっちゃん』なの?」 「『タッチ』って漫画知ってる?」 「知らない」 「だよね。随分昔の漫画だし。高校の時、野球部の顧問の先生がその漫画を貸してくれて、フジと読んだんだ。その漫画の中で、上杉和也と上杉達也という双子が出てきて、『かっちゃん』『たっちゃん』って呼ばれてた。漢字は違うけど、『うえすぎたつや』っていうのが同じ読み方だったから」 「でも、それだと『たっちゃん』になるんじゃないの?」 「それは……」 上椙さんが、言葉に詰まった。 「漫画の中の和也と僕が、まぁその、似てると言われて……3巻まで読む前に、当時、そのあだ名が定着してしまった」 上椙さんの恥ずかしそうな言い方からして、きっと「かっちゃん」はかっこよく描かれてるんだと思った。 「この話終わりでいい? もう『かっちゃん』って呼ばないで。漫画の中の、彼の最後は切ないんだ」 「呼ばない。呼ぶなら、『たっちゃん』にする」 「うん。その方がいい。最後にヒロインと結ばれるのは『達也』の方だから」 END
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