今日から

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今日から

YUKIというバーで、ママのユキちゃんに話を聞いてもらいながら、お酒を飲んでいた。 YUKIは、縦長の店内にカウンター席が10席くらいのお店で、そこを年齢も性別も不詳のユキちゃんがひとりで切り盛りしているようだった。 たまたま店の前を通ったわたしと、お店から出てきたユキちゃんとの目があって、にっこりと笑いかけてもらったことで、誘われるようにフラフラと中に入ってしまった。 「わたし、どうすれば良かったのかな……」 「そうねぇ、余計なことだったのかもしれないわねぇ。あなたが悪者になっただけだったんだから。でも、そういう子達は、いつか痛い目見るわよ」 本当に、痛い目を見ることになってしまう…… 仕事中に、後輩の女の子2人が会社のPCで仕事とは全然関係のないサイトを、おしゃべりしながら長い間見ているのに気がついた。彼氏とデートするところをネットで探しているようだった。 それで声をかけた。 「吉田さんと東山さん、仕事と関係ないサイト見るのやめようね」 キツくならないように、言い方には気をつけたつもりだった。 「ちょっと見てるだけなのに」 「仕事、ひと段落してますから」 「わたし、今日久しぶりに彼氏に会うんです」 「そんな……彼に会うからなんて理由にならないよ」 聞こえるように、ため息をつかれた。 「わかりましたぁ。もう見ません」 そんなやり取りの後、廊下で聞いてしまった。 「館山さんてさぁ、融通きかないとこあるよねぇ。忙しいわけじゃないんだから少しくらいいいじゃんね」 「人が見てるもの、いちいちチェックしてるとかないよねぇ?」 「絶対彼氏いないね」 「今までもいたことなかったりして」 「言えてる」 「結婚するまでしません! みたいな?」 「ぽいね」 彼女たちには言えないことがあった。 株式会社サプライズは、企業のシステム開発を請け負っている会社だった。 他社の内部情報を扱うことが多いので、社のネットワークを通すものは機密情報の漏洩を防ぐ目的で全てチェックされている。 会社のPCは起動時に各自に割り当てられたIDとパスワードを入力するから、誰がいつ、どのくらいの時間、何のサイトを見ていたのかがログとして残る。 多少は業務に関係ないことをしていても何も言われない。でも、彼女たちは恐らく30分以上は見続けていた。これだけ長いと上司の目にとまってしまうから、人事査定にも影響する。 このことを知っているのは、役職についている人達と、全体のアクセス履歴を報告書として作成しているわたしだけ。 だから注意したのは彼女たちを思ってのことだったけれど、その理由を言うことはできなかった。 「ねえ、ちょっと飲みすぎてない?」 「ん……まだ大丈夫……」 「ねぇ、恋をしたらどう? それで、落ち込んだ時はデレデレに甘えさせてもらうの!」 「……そんな恋、どこでしたらいいんでしょう?」 「そうねぇ……」 ユキちゃんが言葉を詰まらせた。 わたしはというと、ぼんやりする頭で急激に襲って来た睡魔と格闘中だった。 「それ、こいつでどうですかね?」 頭の上で男性の声がする。 「あ、おいっ」 もう一人男性の声。 「ユキちゃん、こいつオレの友達。人柄は保証しますよ」 「あら、その人フジくんの友達なの?」 「待て、って」 「何だよ? 『自分じゃだめかな』って俺の横でぼやいてたくせに」 「あらぁ! いいじゃない! ちょっと、あなた、この人を彼氏にしちゃいなさい! それで思いっきり甘えちゃいなさいっ」 彼氏? 「まずは連絡先の交換ね! ほら、スマホ出して」 「はぁい」 「ロック解除して」 「はぁい」 「ユキさん、彼女だいぶ酔いつぶれてるみたいですけど?」 「ユキちゃん、これ、こいつのIDね」 「このくらい前後不覚になってないとねぇ、何も始まらない子もいるのよぉ。メッセージアプリに登録っと。フジくん、お友達の名前は?」 「かっちゃん」 「だから……」 「いいから、頑張れよ!」 「はい。じゃあ、かっちゃんっと……あなた、よく聞いて! かっちゃんが今日からあなたの彼氏だからね!」 彼氏かぁ…… 「寝てますね?」 「あら、本当。タクシー呼ばなきゃ」
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