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月がキレイ
「ああァ、アイ。帰ってたのか?」
とっさにボクはスマホを隠そうとした。
「なによ。いま何を隠したの。見せなさいよ?」
「いやいや、なんでもないよ。見たって、しょうがないから」
できるだけスマホをアイから遠ざけた。
南原愛莉のことをサーチしていたのを気づかれるとマズい。
「なんなの。そんなに、私に見られるとヤバいモノなの?」
アイはボクを疑いの眼差しで見た。
「いや、別に今夜の天気予報をね」
ボクは苦笑いを浮かべ誤魔化した。
「はァ天気予報って。晴れでしょ。今夜も」
アイは外の様子をウインドウから伺った。青く澄んだ空が広がっていた。
「ああァ、そうだね」
「なんで急に」
「え、ああァ、ほら月見日和だから」
「月見……?」
「そうそう、とっても月がキレイだろう」
ボクはおどけるように愛の告白をした。
知る人ぞ知るエピソードだ。
かつて夏目漱石が英語教師をしている時、『アイラブユー』を『月がキレイですね』と訳したのは、一部のアニメヲタなどには有名な話しだ。まだ日本には愛という言葉がなかったとされている。
「フフッ、そうね」
知ってか知らずか、またアイは空を見上げた。
「いやァ…、今夜はふたりで月を見ながら、夜の街を散歩しようかと思ってね」
ボクは手を差し伸べた。
「フフゥン、でもね。月は手が届かないからキレイなのよ」
「えェ……?」なんだ。そうか。
ボクはスッと手を引っ込めた。
遠回しに断られたようだ。愕然とした。
どうやらボクは体よく失恋れたらしい。
「はァ、そうだね」
気落ちしてボクはブルーな気分だ。
きっと彼女もボクに好意以上のモノを持っていると思ったのに。ボクひとり浮き足立っていたみたいだ。
「……」無言で部屋を去ろうとした。
当分、立ち直れそうにない。
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