全財産

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全財産

「名前のケントって呼んでいいですよ」  メモ用紙に『倉明ケント』と書いた。 「ふぅんケントねえェ。私はアイよ」 「えェッ……、アイさんですか?」 「そう南波(ナンバ)アイよ」 「ナンバーアイ?」  彼女の方こそどこかで聞いたような名前だ。 「私もアイって呼び捨てにして良いわ」 「はァ…、アイで良いんですか?」  少し遠慮ぎみに聞き返した。 「ええェ、よろしく。ケント」  いきなり彼女の方から大胆にハグをしてきた。 「ハッハイ、よ、よろしくお願いします。アッ、アイ」  柔らかな胸の膨らみがボクの胸板に押しつけられた。思わずボクは全身を戦慄(わなな)かせてしまった。  はじめてだ。こんな美少女とハグをするのは。  それに異性を呼び捨てで呼んだこともない。  これではまるで彼女みたいだ。ドキドキして声が震えてしまった。 「じゃァ悪いけど当分の間、厄介になるわね」 「えェ、当分の間、厄介に?」 「なによ。イヤそうな顔して」 「いえいえ、イヤなワケではありませんけど。マジでウチに泊まるんですか?」 「そうよ。決まってるじゃん」 「別に決まってはいないでしょ」 「はァ信じられなァい。全財産をケントにパクられたのよ。アイは」 「いやいやァ、パクッてなんかいませんよ。ボクは!」 「住むとこもないし、ネカフェ行くお金もないの。なによ。ケントはアイにパパ活しろっていう気?」 「いやァそんなパパ活なんてしろとは言いませんけど」 「じゃァどうするのよ。ソロキャンプ。野宿しろって言うの。そんなに邪魔?」 「いえいえ、決して邪魔なワケではありませんが」 「じゃァなによ。身寄りのない女子高生を追い出す気。鬼、薄情モノ、人でなし!」  アイは罵詈雑言を浴びせて泣き叫んだ。 「いえ、わかりました。そんなに泣かない。家で良かったら泊まっていってください」 「なんなのよ。嫌々みたいじゃん」 「いやァ、だってここはボクひとりなので、女の子が泊まるのは気が引けるでしょ?」 「どうしてェ、真夜中に夜這いでもする気なの。ケント?」 「いえいえ、決して夜這いなんかしませんよ」 「じゃァ当分の間、泊まっても良いわね」 「はァ、そうですね。ちなみに当分の間って何日くらいでしょうか?」  二、三日くらいなら我慢しよう。 「ふぅん、知らないわよ。そんなの。一週間か、半年か、十年か」 「えェッ十年もですかァ……?」
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