日暮れ桜

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日暮れ桜

 慶応元年。  壬生の屯所が手狭となった新選組は本願寺に移り、境内に「新選組本陣」の看板を掲げ北集会所と太鼓楼を使用していた。  隊員も増え、これからもっと活躍していけることが嬉しくもあり、いつ命を落としてもおかしくないこの時代で後悔を残してはならない。  庭隅には一本の桜の木が植えられており、明日には満開になりそうだ。  隊士の皆とお花見をしたいけど、全員が集まれるほどの広さはなく、そもそも副長が許可しないだろう。  せめてお世話になった隊士の方数名との思い出を作りたくて、副長に気づかれないようにこっそり声をかけようと計画する。  とはいえ、騒ぎすぎれば副長に気づかれる恐れもあるので、団子とお茶を用意して桜を眺めながら楽しむくらいにしておこう。  声をかける人物は、斎藤(さいとう) (はじめ)原田(はらだ) 左之助(さのすけ)。  斎藤さんは私と同じ幹部隊士で、刀の腕は隊士一。  私が入隊した当初から現在に至るまで、刀の稽古をつけてくれた。  原田さんも幹部隊士の一人。  槍の腕なら右に出る者はいないと皆がその実力を認めている。  女だからと甘やかしたりせず、私に槍との戦闘稽古をつけてくれた。  明日には満開となる桜の花。  特にお世話になった二人に声をかけに行こうとしたとき、私の名を呼ぶ声に振り返れば土方さんの姿。  すっかり忘れていた自分の巡察当番に「い、今行きます」と慌てて返事をしてその場を走り去る。  結局戻ってきたのは日が傾いてからで、直ぐに夕餉や就寝の時間になり誘うことができないまま翌日を迎えた。  今からでも誘ってみようと思ったら、今日の巡察当番は運が悪いことに斎藤さんと原田さんの二人。  日が暮れ始め、桜の木の前で肩を落としていると、近づいてくる足音に気づき視線を向ける。  そこには巡察を終えた斎藤さんと原田さんがいて、原田さんの手にはお団子の包。 「呼ぶ手間が省けたな」 「巡察の帰りに団子を買ってきたぜ。桜は今日が見頃だろうと思ってな」  日が暮れ始めた三人だけのお花見。  こうして桜を眺めることは、あと何度あるだろうか。  原田さんが運んできた長椅子に三人並んで座り、私が持ってきたお茶と共に団子を食べる。  この場所を守るため、何より人々を守るために私達は刀を振るい続ける。  いつか命尽きる、その時まで——。 《完》
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