第一章 

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 リッカは、あの日のことを簡潔にラルドに語った。  食料確保のためいつものように山に入ったリッカが、狩猟を終えて山を降り村へ戻ると、村は無残な姿へと変貌を遂げていた。  民家は燃えているものあれば、崩れているものあり、何か強い衝撃を受けたかのように地面は所々がえぐれていた。当惑したリッカは、混乱状態のまま村を駆け回ると、村の中央に積み挙げられたそれを見つけたのである。  死屍累々。  血の繋がった実の家族と、血は繋がらないが家族同然の村人たちが、壊れたおもちゃのように雑に重ね合わされていた。  リッカは、言葉を発することが出来なかった。ただただ、呼吸をして酸素を取り込むことに必死だった。何とか意識して呼吸しなければ、たちまち止まってしまいそうだったのである。  ごろん、と。  頂上に積み挙げられていた骸が、山の上からリッカの足元へと転がってくる。血泥にまみれて近づいてくるそれは、リッカを見上げる形で制止した。  口と目を大きく開け、慟哭の叫びが聞こえてくるようなその表情は、むしろ、リッカにその叫びを促した。  今朝。村を離れる際に挨拶をして、その時はまだ、昨日と同じく可愛くて、愛おしい存在だった。早く帰って来てね、とせがまれて、困りながらも嬉しくなった記憶は、まだ新しい。  そんな最愛の妹が今では。地獄の底を見た瞬間を模った像のようで、赤く染まり、こちらを見上げている。 「うあぁぁぁっ――――!!」                *  話し終えると、リッカは側に置いていた枯れ草を、手製のかまどの中に放り投げた。枯れ草は音を立てて燃え上がり、湿った空気を乾かしてくれる。 「……それは、なんと言葉をかければよいのか」  大男の戦士は、頭を掻きながら俯いた。話を聞きたいと言ったのは自分だが、予想以上に凄惨な話であったため、反応に困っていた。  だがたしかに。そんなことがあれば、自らの命も捨てたくなる、か。ラルドはリッカの思いに共感を示しながらも、それでもやはり、生きることを選んでくれて良かったと心底思った。  自分のためでもあるが、それよりも、良き友人となれそうな男が、生きてくれていることに嬉しくなったのである。 「気を遣わなくても大丈夫だ。どんな言葉があっても、過去は変わらない」  少し棘があるように感じたのは、ラルドが国軍に属する兵士であったからであろう。国民を守るための国軍は、惨殺されている人々を助けるどころか、その現状すら知らないとは。何をしているのだ、そう叱責されているような気がした。 「村を襲った者は、分かっているのか?」 「いや、はっきりとは分からない。でもあの時、遠い空の向こうで何か塊が動いているように見えたんだ。だから、きっと魔族の仕業だったんだと思う」 「なるほど。だからお前は、イフリート捜索に参加したのだな」    死ぬも良し。あわよくば、イフリートを見つけ魔神を封印することが出来れば、仇を取ったとも言える。呆然自失となっていたリッカには、どちらを取るかの選択は出来ず、どちらでもよいという状態であったのだ。 「そういうこと。さあ、そろそろ寝ようか。起きていて無駄に体力を使う必要もないしね」  ラルドも賛同し、二人は葉をツタで結んで作り上げた天然の布団を敷いて、寝転んだ。二人ともに動けない状態でも無事に夜を過ごせていたので、あまり危険性はないだろうが、念のため火は消さずにそのままにしておくことにした。獣を寄せ付けないし、もしかすれば、海を走る船に気付いてもらえるかもしれない。無人島から脱出する一番の手立ては、見つけてもらうことだろう。  床に着き、満面の星が輝く空を二人並んで見上げた。あまりにロマンチックな光景に、大の男は二人して笑声を発した。ラルドは、以前リッカが頭の中だけで思った「お前が女性であればなぁ」と、冗談交じりに口にする始末である。それに対してリッカも「どうせなら、女性を助ければよかったよ」と返すのであった。  くだらない会話をしながら思う。二人でよかった、と。一人であったなら、身体の死よりも先に、孤独により心が死んでしまっていたかもしれない。 「ラルドは、これからどうするんだ?」  唐突に、リッカは現実に話を戻した。短い時間の付き合いだが、最早親友とも呼べるほどに心が近くなっていたラルドは、瞬時にリッカの心の内を悟った。 「俺は、この島を脱出した後、一度王国に戻ろうと思う。さすがにこのままイフリート捜索に向かうのは難しいからな。国王様に状況を報告し、命令があり次第、再出発するつもりだ」 「……そうか」  発するというよりも、漏らすようにして呟く。 「リッカ、迷っているのだろう? 捜索隊が壊滅したことで、目的を失ってしまったのだから、無理もあるまい。まさか、まだ死にたい、などと思ってはおらんだろう?」 「ああ。生きていくつもりではあるよ。でも、村もなくなってしまったし、行き場所がない」  がばっと。ラルドは巨体を起こして、眠りかけていたリッカに大声で言った。 「ならば、俺と来い! 俺は、お前と共に戦ってみたいと思った。だから、再出発の際に、もう一度参列するのだ。なあに、それまでの衣食住は、俺が提供してやる。どうだ?」 「衣食住の提供は、とてもありがたいけど……正直、復讐をしようという気にもなれないんだ。したところで、もう戻ってこないわけだし」  意気消沈気味のリッカに、ラルドは更に詰め寄った。ラルドの勢いは熱を増して、リッカの心を揺さぶっていく。 「分かっている。お前は優しい男だ。復讐などに、意味を見出さないだろう。過去が戻らぬことも、承知している。だからこそ、だ。だからこそ、同じ悲劇が起きぬよう、戦おうではないか!」        
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