第一章 

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 翌朝。  二人の目覚めは、朝日を浴びてゆるやかに起床される、気持ちの良いものではなかった。慌ただしく、寝起きの身体を無理矢理に動かして、まだ眠っている脳を叩き起こす必要がある目覚めであった。  ラルドはよろめきながらも、昨夜、大木の枝で作った木製の槍を手にして辺りを警戒した。どこからか聞こえてくる獣の咆哮のような音の出所を、耳と目を頼りにして探す。魔族がやって来る前兆であるのならば、今度こそこの手で討ち取ってくれる、ラルドはそう意気込んで木製の槍をしごいていた。  農家の青年はというと、戦闘態勢の戦士とは裏腹に、少し呑気な様子にも見えた。見えただけで、彼の胸中は戦士同様、ざわめいている。 「ほら、ラルド。とりあえず、これだけでも食べておいて」  リッカは、昨日採ったパオブの実と、先程森の入り口付近で見つけた小さな木の実をラルドに手渡した。ラルドは、戦友から受け取った見知らぬ木の実を、疑うこともなく口に放り込む。パオブの実とは違い、水分量は少なく、歯ごたえが良い穀物のような香りがして、酒のお供として好んでいたナッツに似た味だった。  酒が欲しくなる実を数粒食べた後、アルコールの代わりに果汁で喉を潤していく。リッカも、そんなラルドの横で共に同じものを食していた。  咆哮は未だ響き渡っている。だからこそ、リッカのこの行動は、戦士ラルドにとってありがたいものだった。リッカの豊富な狩猟経験が、自然と身体を動かしたのだろう。いくら気概があれど、腹が空いていては敗北の道を辿る可能性が高くなってしまう。 「ラルド、あれだ!」  遠方で、巨大な水柱が発生した。遠方の海全体が巻き上がったかのように錯覚させられるほどに巨大なその水柱は、忌々しい記憶を呼び起こす。海に潜む巨大な魔族が、またすぐ近くに来ている。  気概も意志もある。以前とは違い、立ち向かい、かつ勝利してやろうと、気力も十分に満ちている。だがしかし、猛将ラルドには、弱点があった。こと戦闘においては、この国で並ぶ者は少ないが、それは単純な戦闘の話。戦術や兵法などは、からっきしなのである。軍勢を率いていたこともあったが、激突以外の術を知らず、ラルドをあまり好ましく思っていなかった部下たちからは、猪将軍、などと呼ばれていた。その呼び名を口にすると、たちまちラルド派の者たちと対立が起き、国軍の中で争いが起きていたのだが、ラルド自身、あまり気にはしていなかった。  天にまで届きそうな水柱を見て思う。部下たちからの蔑称を受け止め、精進すべきであった、と。闘う姿勢を示してみても、肝心な術が見つからない。それにそもそも、あのような巨大な生物と戦うことなど、産まれて初めてのことだ、誰だって、そう簡単には対抗する術を思い付きなどしないだろう。  ラルドが無意味に自分を慰めていると、更に異変が起きた。地面がゆっくりと振動し始めたのである。海中にいる魔族の影響か、二人はそう思ったが、一分も経たない内にそれが過ちであることに気がついた。  地震? 否。  島が動いている。 「これは、一体どういうことなのだ!? し、島が、揺れているぞ!」 「ち、違う――」  浜辺だと思われていた足場は、徐々に高度を増して海との接面が下方へと移った。振動は激しさを増して、二人は転ばぬようにその場に足をつく。せり上がっていく地面から海水が勢いよく流れ落ち、地面の端は絶壁の崖のような形となった。  振動が落ち着くと、リッカは地面と思われていた部分の端へ移動して、水面を確認する。水面が流れるように移動して、この島のようなものが前方に向かって移動しているのが分かった。  海中の左右を確認する。前に見えるのは、黒色で、ひび割れたような模様が入っている三日月形の何か、そして後ろには、同じ色模様の歪な楕円形の何かがあった。それらがゆっくりと水をかいて、島のようなものを移動させているようだ。 「どうだ、リッカ。何か分かったか?」  ラルドが離れた位置から叫ぶ。リッカは、彼に向け顔を縦に動かすと、島が進んでいる方向を指差した。  リッカの予想が正しければ、その方角に行けば真実を確かめることが出来るはず。ラルドと共に移動しようと思ったが、島の謎を解き明かすためだけであるならば、その行動は不要に終わった。  海の巨大魔族が、甲高い鳴き声を上げると、それに呼応するかのように、もう一つの音が響く。音は遠い海中からではなく、地をつたい、二人が視認出来る位置から放たれていた。  海中の中から、水しぶきを上げて現れたそれは。さっきリッカが確認したひび割れ模様の何かと同じ模様をしていて、形は球体に近い。しかし、明らかに違うものがある。上部には、潤いのある黒い水晶のようなものが左右二つに埋め込まれ、下部には横に一本線が入り、そこが大きく上下に開いている。  リッカが似たものとして、商人が一度持って来たものを見たことがあった。それは海にしか生息していないと言われ、山の民とも言えるリッカにとっては物珍しいものだったので、はっきりと覚えている。滋養強壮に良いとも言われ、それを鍋にして食した夜は、身体が熱を帯びて中々寝付けなかったものだ。  ラルドは目を見開き、一歩を足を引いた。リッカは、予想通りではあったが、やはりその巨大さに驚愕せずにはいられない。何せ、自分たちが島だと思っていたこの場所は、生物の背中だったのだから。 「ラルド、どうやら俺たちは奇跡的にここに流れ着いたわけじゃないらしい。この巨大亀に、救われていたんだ」  
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