第一章 

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 目を開けると、見慣れた景色が映った。  青い画用紙の中に、白色の絵の具を気ままに塗ってみたようなその景色は、ゆっくりと模様を変えていく。変幻自在なその風景を、狩猟で疲れ切った後に見るのがリッカは好きだった。  しばらくぼんやりと眺めていると、ふいに潮の香りが漂ってきた。とは言っても、リッカは山での暮らししか経験がないので、その匂いがなんなのか判然とはしなかった。商人が時折運んでくる魚介類に似た匂いだな、とそう感じただけである。  今日は商人が来る日だっただろうか。そう思ったが、すぐに事態の異常さに気が付いた。リッカが狩猟後に寝転がり空を見上げるのは、山の中である。たとえ商人が村に来ていたとしても、ここまで匂いが届くはずがない。  一体何が? リッカは身体を起こして周囲を確認しようとしたが、突然身体中に痛みが走り、地面から身体を動かすことが出来なかった。 (な、なんだ!?)  あまりの痛みにもんどりを打ちそうになったが、そもそも身体が動かなかったので、仰向けのままじっとする。得られる情報が綺麗な晴天と、潮の香りのみ。 (ここは、山ではないのか?) 「お、ようやく目が覚めたようだな」  晴天の中に現れた一つの顔。それは、見慣れたというにはまだ浅い、見かけたことのある顔だった。ごつごつとした、堀の深い顔と、所々傷のあるその顔は、まさしく歴戦の戦士といった風貌である。 「あ、ラルデ、アラン」  リッカは、思い出した。そうだ、自分は故郷を離れて戦艦に乗り、そして巨大な魔族に襲われたのだった。生きているところをみると、なんとか奴から逃げることは出来たらしい。 「ふむ。さすがに、まだ身体は動かんか。俺とて、流れ着いてから二日は身動き出来んかったからな」 「ラルデ、アラン、ここは?」 「ほう、口が聞けるか。たいした回復力だ。俺にも詳細は分からんが、ここはどうやら無人島らしい。俺も泳いでいる途中で激流に飲まれて意識を失ってしまったからな、運よくここに流れ着いて助かった」 「そうか、よかった」  リッカは胸を撫で下ろした。無人島であることに危機感は感じるが、それでも動けなかったラルデアランがこうして生きているのである。無防備でもすぐに死に直面する危険性は高くないと判断しても、大丈夫だろう。 「回ってみたところ、中々に巨大な島のようだ。端まで辿り着けんかった。魔族はいなかったからな、その点は救われたのだが、一つ難儀な点があってな」 「――?」 「いやな。俺は物心ついたころから戦闘技術ばかりを学んでいてな。野営と言うものが、出来んのだよ。火を起こすことも専用の道具が無ければ出来ないし、だから動物を狩っても食うことが出来ん。生肉のまま食すのは、抵抗があるしな」  困り顔のラルデアラン。王国最強の戦士と言えど、不得手なものはある。いや、そもそもそれについての経験や教養がないだけなので、ラルデアラン自身にサバイバル的な能力があるのかは分からないが。  リッカは、目前の命の恩人を救うために立ち上がろうとした。海の中で自分を乗せて泳いでくれたのだ。今度は、自分が救わなければ。 「ぐ、うぅぅ」 「お、おい。無理をするな。まだ、休んでいろ」  身体が動かない。なんとか痛みを和らげることが出来ればいいのだが。 「一応、食い物ならなんとかなってはいるんだ。ほらこれ。側の樹になっていてな、恐る恐る食べてみたが、意外にいけるんだぞ」  ラルデアランが、寝転がったままのリッカに小指サイズの赤い果実を見せた。リッカはそれを視認すると、ゆっくりと言葉を紡いだ。 「それは、食べ、過ぎちゃ、駄目だ。少しなら、いいけど、多いと、毒に、なる」 「な、なんと!?」     ラルデアランは慌てて果実を放り投げた。急いで手から放したからといってどうなるものでもないのだが、毒という単語が彼の反射を促したのだろう。 「黄色い、花は、なかった、かな?」 「黄色?」 「花弁が、一枚だけ、青色の、黄色い花」 「うーむ。確か、見かけたような気がするのだが、逆のようだった気もする。一枚だけ黄色の青い花だ」 「そっちは、絶対に、駄目だ。一枚だけ青い、黄色い花があれば、潰して、持って来て、ほしい」 「分かった。どういうものかは俺には分からんが、何か約に立つのだな。待っていろ」  そう言って、ラルデアランは走り去った。そういえば、お互いに船から脱出した時は裸であったはずだが、ラルデアランが覗き込んできた時、服の襟が見えた。裸で無人島を探索するのは虫刺されなどの危険があったが、一応服を身に纏っているのならまだ少しは安心できる。  リッカは、ラルデアランの帰還を心待ちにしながらゆっくりと目を閉じた。身体の回復には、睡眠が何より欠かせない。 「はあはあ、持って来たぞ!」  わずか数分で、ラルデアランは帰って来た。予想外の速さに驚愕しながらリッカは目を開けると、顔に大量の汗を滴らせる男がこちらを覗き込んでいるのが見えた。  リッカは心の中で感謝しながら、半ば液体上になっている潰された花を受け取ろうとしたが、ラルデアランが動きを制止させて、横たわるリッカの口へそれを流し込んでやった。  数分後、リッカの身体は熱を発散するため、蒸気機関車のように体中から煙を発生させた。  
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