第一章 

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「おお、何事だ!?」  ラルデアランが当惑していると、リッカはゆっくりと上体を起こし巨躯の戦士に身体を向ける。先程までの苦しそうな表情は消え去り、軽やかな笑顔をリッカは見せた。 「う、動けるのか?」 「ああ、それなりにね。あの花は漢方によく使われる花で、代謝の促進や解熱効果、それと痛み止めの役割もあるんだ。まあ、だからといってこんなに早く効果が出るわけがないんだけど……」  確かに自分が取り扱ったことのある花ではあったが、あまりにも効能が強すぎる。似た花を間違えたのか、とも思ったが、今のところ副作用はなさそうだし、考えても無意味なことではあった。 「この無人島が何か、植物に影響を与えてるんだろうか?」 「まあ、何はともあれ、そうして動けるようになったのだ。よかったではないか。どうだ、リッカ。身体の動きに違和感はないか?」  リッカは立ち上がり、背伸びをしたり腕を振るったり、軽く走ったりしてみて確かめた。 「うん、特に何もないよ」 「ならば、骨に異常はなさそうだな。痛み止めの効果があるにせよ、骨がやられていたら、動きに違和感を感じるだろうからな」 「なるほど。って、あれ? いつの間にか俺、服を着ている」 「俺たちが脱ぎ捨てた服が、一緒に流れ着いていてな。乾かして着せておいた」 「…………」  お礼を言うべき場面ではあったが、大男に身体をまさぐられたことを思うと素直に言葉が出てこなかった。せめて女性に、なんて思考がよぎったのは、リッカもれっきとした男だという証拠だろう。  浜辺付近に立って辺りを見回すと、ラルデアランの言っていた通りの無人島に思われた。周囲には建物は一切見当たらず、あるのは鬱蒼とした森だけ。どうやら、この森を浜辺がぐるっと囲っているような、そんな形をしているようだ。  奇跡的に助かったが、どうも安堵している暇はなさそうだ。何時までもこの場所にいるわけにはいかない、ここから脱出する手立てを考えなくては。  と、思い至ったところでリッカの腹の虫が鳴った。苦しんでいる時は空腹など何も感じなかったが、元気になってきたことを証明していると思うと、腹が空くことを嬉しく思う。 「動けるようになったし、ちょっと森で何か食べれる物がないか見て来るよ」 「待て、俺も行く。腹が空いてあまり力は出ないが、それでも魔族や獣が現れた時に、多少の力にはなるだろう」  大の大人二人が腹の虫を鳴らしながら森の中へと入ると、そこは背の高い木々の葉が天井を覆い隠していてあまり陽が入らず、薄暗かった。  ラルデアランは目を細め、なんとか見えているようだが、前を歩くリッカは平然と歩を進めている。夜の山で狩りをしていたこともあって、常人よりも夜目が効くのだった。  しばらく歩いてみると、どうも生き物の気配は感じられない。どうやら、別の地陸からかけ離れ孤立した島のようだ。植物ならば種の状態で風に運ばれて辿り着くこともあるだろうが、動物となると、今のリッカたちのように瀕死覚悟で流れ着く以外にあるまい。わざわざ生命の危険を冒してまでやって来る魅力があるとは思えないし、となれば、動物を狩ることは諦めるとして、何か食べられる果実を見つける必要がある。  リッカは、動物を探すことを止めて果実の存在を見つけることに集中した。足元の小さな実や、到底登ることも出来そうにないほどの巨木の枝にも意識を向ける。 「――あ」 「お、何かあったかリッカ」  リッカから少し離れた位置を探索していたラルデアランは、リッカが漏らした声に反応して駆け寄った。あまりの巨体さに、走るだけで重々しい音が響いてくる。 「あれ。あの樹に成ってる赤色の実。あれは、多分パオブの実だ」  多分、と言ったのは、リッカが知っているそれよりも、遥かに大きかったからである。本来のパオブの実ならば、掌サイズのものだが、今リッカたちが目にしているパオブの実は、人の頭よりも一回り大きい。やはり、この島には植物に影響を及ぼす何かがあるような気がした。 「食えるのか!?」 「食べられるし、栄養価も高い。それに、あの大きさなら水分の量も多いんじゃないかな。でも、どうやって取るかな」  巨木の枝に幾つも成っているのが見えるが、しかし、位置があまりにも高い。十メートルほどはあるのではないだろうか。  あそこまで登るとなると、今の体力では厳しいか。登らずに取る方法は何かないか、とリッカが思案していると――。 「どけぃ、リッカ! どっせーい!」  ラルデアランは、突如その巨体を猛進させ巨木にぶつけた。猛牛すらも吹き飛ばしてしまいそうな衝撃を受けた巨木は激しく揺れて、次々と成っている実を地面に落とし始めた。  ラルデアランは両手を前面で組み、籠のようにして落ちてくる実を受け止めていく。リッカは、俊敏性を活かし、地面に落下して潰れないように、受け止めてから地面に置き、またすぐに動いて受け止めて地面に置き、という行動を繰り返していた。 「いやぁ、大量大量!」 「やるならやるって、言えよ! びっくりしたなぁ」  単純に考えて、ずっしりと重みのあるものが十メートルの高さから落下してくるのである。脳天で受ければ、命を落としても不思議ではなかった。  ラルデアランは軽く謝ったあと、さっそくパオブの実にかぶりついた。その勢いからみるに、かなり腹を空かせていたのだろう。果汁を顔中に滴らせ、「うまいうまい」と歓喜の叫びをあげながら貪り喰らっていく。  その様子を見たリッカも耐え切れず、実にかぶりついた。見た目は異様に大きいが、味は確かにパオブの実である。むしろ、水分の量が多くみずみずしくて、糖度も遥かに高く、本来のものよりも質が高く感じられた。  九死に一生を得た二人は、薄暗い森の中で胡坐をかき、山積みにされたパオブの実を、息つく暇もなく食い進めていった。
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