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「ねぇ桜空」
アシカたちが悠然と泳ぐ大水槽の前でそれまでずっと黙っていた藤堂さんに不意に声を掛けられたからどきっとした。
僕から声を掛けても考え事をしているみたいで上の空で。心ここにあらずで。
僕といても全然楽しくないよね?本当は婚約者のあの人と来たかったよね?
なんで来たんだろう。断れば良かったのに。そんなことばかり考えて後悔していた。
「会社を辞めることにした。友人からうちの会社に来ないかと誘われていて、桜空に会えなくなるのが嫌で断っていたけどようやく踏ん切りがついた。桜空、俺と付き合ってほしい。ずっと側にいてほしい」
真摯な眼差しで見つめられ、静かに言葉を紡ぐ藤堂さん。
大水槽の前で大声ではしゃぐ子どもたちの声が一瞬だけかき消され、しんと静まり返った。
「同性からこんなことを急に言われても困るよね?ごめんね」
藤堂さんにちゃんと言わなきゃいけないのに。言葉が出てこない。ちゃんと伝わるように言える自信もない。彼も僕のことを想っていてくれた。好きでいてくれた。それはとても嬉しいはずなのに、どうしていいか分からなくて。胸がぎゅっと締め付けられ息ができないくらい苦しくなった。
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