母からのエールに涙

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母からのエールに涙

 母が僕の腕に手を伸ばしてきたとき、これでもう駅前警察署には行けないのかと覚悟した。警察署で色々とお世話になった文さんのことが心に浮かんだ。  文さんから、父のことを色々と教えてもらった。父のこと……。  電光石火、僕は大声で叫んでいた。 「お母さんはどうしてお父さんと結婚したんですか?」  母が手を元に戻した。驚いた表情で僕を見つめている。 「『出世とは無縁の刑事』と呼ばれていたんですよね。どうしてそんな人と結婚したんですか?」  母は黙ったまま、その場に立っていた。時間にして一分にもならなかったと思う。それでも僕にとっては、とっても長く、緊張の時間だった。 「そうね。あなたのお祖父さんも伯父さんも大反対だった。当然よね」  母が肩をすくめてみせた。 「でもお母さん、絶対出世なんか出来ないお父さんを選んだの。どうしてかしらね」  母がニッコリ笑ってくれた。僕の大好きなお母さんの表情に戻っていた。 「きっと健が月影という女性を好きになったのと同じだと思う。好きで好きでたまらなくて、ほかの選択なんか出来なかった」 「お母さん、ありがとうございます」 「そういえば、あなたのお祖父さんだって同じだよね。愛知県警の時代に強盗傷害事件の犯人の少年たちに同情して、県警の幹部と喧嘩してまで軽い処分で済ませようとした。その結果、知ってるでしょう。降格処分。孤島の派出所への異動。私たち三人兄妹のことを考えたら、そんなこと出来ないはずよね。上の言うことに従っていればそれでよかったのよ。でもお祖父さんはそうしなかったのよ」 「知っています」 「すぐ元に戻れたけど、それはあくまで結果論だからね。退職勧奨だって受けていたのよ。最後は警察を退職に追い込まれ、私たちも家族が悲惨な生活を送ることになった可能性の方が高かったといまでも思っている」  母がチラリと車の方を見た。窓越しに見える祖父の横顔は全く動かない。けれども僕らの会話は聞こえているはず。 「それでもお祖父さんは、自分が正しいと思った考えを貫いた。だからきっと、いまの健の気持ちだってよく分かっていると信じている」  お母さんはキッパリとそう言ってくれた。 「健!」 「はいっ」 「後悔しないのね」 「はいっ」 「まだ見つからない『盗撮画像サイト』の画像を探し出せるの」 「はいっ。僕にだって、お祖父さんやお母さんのDNAが流れています」 「さすが、我が子。お祖父さんだってきっと喜んでいると思う。頑張って」 「はいっ」 「さあ、急いで」 「お祖父さん、お母さん。本当にありがとうございました」  僕は心いっぱいお礼の言葉を叫んだ。大きく頭を下げた。でもお祖父さんは、本当に分かってくれたかしら?  僕はそのまま、駅前に向かって走り出した。一度も振り返らなかった。  必ず事件を解決して先輩を助けてみせる。それ以外になにも考えなかった。  先輩、待っててください。
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