第一章 後宮に隠れ住む魔女 第一話 清麗の雫

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第一章 後宮に隠れ住む魔女 第一話 清麗の雫

 三つの月を戴く蝶遊苑(ジョウユエン)国には〝香魔(こうま)〟と呼ばれる隠された一族が存在する。あらゆる匂いに敏感に反応し、あらゆる香りを操り、様々な薬を創り出す。その香りと薬の製法は一族の女性のみが受け継ぎ、辺境に隔離された村は代々の皇帝によって護られている。  十歳で一族秘伝の香りと薬の製法すべてを習得した私は、正妃の侍女として皇帝陛下直々に後宮へ召し上げられ、第三皇子の婚約者になる為の教育を受けていた。 「華凛(カリン)……悪い報せがある」  背の半ばまである長い金髪に青い瞳。皇子を示す銀糸刺繍が施された水色の上着に白い脚衣(きゃくい)。一つ年上の見目麗しい第三皇子炯然(ケイゼン)は当時十二歳。桃色の深衣(しんい)を着た私は十一歳。  後宮の敷地の大部分を占める広大な池を背にして、彼は重い口を開いた。 「君の御両親が事故で亡くなった。乗っていた馬車が崖下に落ちたそうだ」 「……嘘……」  足元の地面が崩れたような気がした。ぐらりと世界が回り、倒れそうになった私を彼が抱きしめる。 「残念ですわね。これで貴女はケイゼン様の婚約者候補ではなくなった。この国では父親がいない者は皇子と結婚できない決まりですもの」  憐れみの声は私と同い年の宰相の娘、蘭玲(ランレイ)。美しく結われた銀髪の下、愁傷な表情の中に輝く翡翠色の瞳が嘲りの光を帯びている。   「カリン、約束する。僕は――」  私が流す涙を指で拭う彼が何かを言っているのに、その声が聞えない。いつしか私の周囲すべてが闇に塗りつぶされた。
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