第二話 薬園の乙女

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 床に手を着いて座り込む私を侍女たちがくすくすと笑いながら見下している。 「あらあら、どうなさったの?」 「何もない場所で転倒するなんて、迂闊ですわね」 「愚鈍な方には、優雅な立ち居振る舞いは難しいのかしら」  腹立たしいと思っても、その感情は飲み込んで立ち上がる。下手に反応しては、喜ばせてしまうだけ。はっきりとした証拠がない以上、責任を追及することもできない。  さらに列は伸びていて、その最後尾へと並び直す。煌びやかな深衣を着た侍女たちは、誰も助けてくれないのはわかっている。中には憐れみの表情を浮かべている者がいても、下手に手を出せば自分が次の生贄になると知っているから動かない。  ようやく配膳口までたどり着き、長方形のお盆に乗せられた食籠(じきろう)と粥の入った椀とお茶を受け取り、なるべく人のいない場所を選んで席に着く。盆を持っている時にも足を掛けられたことがあり、その時はわざとその人物の方へ盆の中身をぶちまけた。数回同じことを繰り返し、今は盆を持っている時には手出しはされなくなっていた。  選んだのは日の当たらない陰になった場所。窓も無くじめじめとしていて、一人で訪れると大抵この場所になる。昨日の夜、あの文官ルーアンに出会ってから結局眠ることができなかった。同室の侍女仲間はまだぐっすりと眠っている。  六角形の器が二段重なった食籠の蓋を開けて黒いお盆の上に並べる。器の中は四つに区切られていて、それぞれ異なる料理が入っている。粥と七種類の料理、果物という村にいた頃には考えられない贅沢な朝食を前にすると、若干気分が上向いた。 『風と水の精霊に感謝します』  目立たないように胸の前で指を組み、心の中で精霊に感謝の言葉を捧げるのは魔力を持つ者だけの習慣。私は火・木・土・水・風・光・闇の七つの魔力属性の内、風と水の属性を持っている。他に食事の挨拶をする者はおらず、魔力を持つ者はいないらしい。  半分近くを食べた時、同室の侍女二人が盆を持ってやってきた。私と同じ茶色の作業着を見るとほっとしてしまう。 「カリンー、もー、起こしてくれたらよかったのにー」  明るく笑うのは春鈴(シュンレイ)。灰青色の髪を二つに分けて結い上げていて私より一つ上なのに、背が低くく年下に見えて可愛らしい。 「だって皆、ぐっすり寝てたもの。私が着替えてても誰も起きなかったし」 「それは仕方ないわよねぇ。私、シュンレイに叩き起こされてやっと起きたもの」  おっとりとした仕草で微笑むのは、紅花(ホンファ)。腰まで伸ばした亜麻色の髪を複雑に結い上げていて、背が高く年上に見えても私と同じ十七歳。  何故かシュンレイが声を潜め、三人で顔を寄せ合う。 「カリン……私……いびきとかかいてない?」 「大丈夫。うちの部屋って、珍しいくらい静かよ。夜寝る前に飲んでるハコジ草のお茶のおかげじゃないかな」  昔、同室の数名はいびきが酷かった。最初は我慢していたけれど、皆が睡眠不足になったので私がお茶を飲むことを提案した。ハコジ草は傷薬の材料として知られていても、お茶として飲むといびき防止になることは知られていない。 「あー、よかったー。寝てる時って自分じゃわからないでしょ。心配だったのー。でも、あれ肌に良いってお茶じゃなかったっけ? 飲んでからずっと、吹き出物ないからびっくりなんだけど」 「そうそう。私も冬に肌荒れしなくなったのよねぇ」  ハコジ草には塗布しても飲用しても炎症を抑える効果もある。 「私も肌に良いって聞いたから皆に勧めたの。まさかいびきにも効くとは思ってなかったのよ」  それは皆に飲んでもらうための嘘。私はいびきに効くと知っていて、肌への効果は副次的。
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