第二話 薬園の乙女

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 二人が食籠の蓋を開けると、シュンレイが表情を曇らせてホンファが笑顔になった。 「あー、シュンレイって筍嫌いなんだっけ。ホンファは好物の海老でしょ」  絶望と歓喜。その表情の対比がおもしろくて、悪いと思いつつも笑ってしまう。 「筍食べられるんだけど、この甘酸っぱい味付けが苦手なのよねー」 「海老が出てきたのは三十八日ぶりよ? 待ちくたびれたわよ。ああ、出会えて嬉しいっ」  出された料理は残すこともできる。侍女の多くは貴族の娘か裕福な家の出身だからか、嫌いな物は平気で残す。シュンレイとホンファは農村出身で、私と同じく料理は残さず食べるのが基本。  一緒に食事をしながら、私は気になっていたことを聞いてみた。 「ルーアンっていう文官を知ってる?」 「ルーアン? 誰それ? ホンファ、知ってる?」 「そうねぇ。何か聞いたことあるようなないような……」  あれだけの美形だというのに、面食いの二人が知らないというのはおかしい。いつもなら美形の話題で大盛り上がりなのに。 「えーっとね。濃灰色の髪で赤茶色の目で……」 「あ、わかった。灰被りの人だ」 「ああ、わかった。あの人ね。あの人、そんなお名前だったのねぇ」  髪と目の色の説明で、二人はようやくわかったらしい。 「灰被り?」 「顔見てないの? 昔、熱い灰を被っちゃったらしくて、顔に酷い火傷の痕が残ってるの。傷見ると悪いかなーって思って、顔とかあんまり見ないのよねー。でも、どしたの? カリンが男のこと気にするなんて初めてじゃない?」 「あ、ううん。この前、医局に行った時に勉強熱心な文官がいるって話をちょっと聞いたの忘れてたの」  顔に火傷の痕はなかったから、別人なのだろう。他人の名前を騙っているのなら、増々怪しく思えてくる。 「その人、全国を巡回してる官位試験の成績が満点だったんだって。偉い人が慌てて厚遇で文官登用したのが去年の話よ。私と同い年で十八って聞いた」  年齢を聞いて耳を疑った。もう少し年上としか思えないから、やはり別人。 「あらぁ、随分詳しいのねぇ」 「そりゃーだって、将来有望な文官っていったら気になるでしょ。しかも貴族とか商家じゃなくて平民出身って聞いたら、とりあえず候補に入れるよねー」  〝薬園の乙女〟でいられるのは未婚の二十歳まで。シュンレイは王宮に務める男性を結婚相手にしようと狙っている。  あの男性は優秀な文官の名を騙って、何をしようというのだろうか。私は二人の話を聞きながら、墨と竹の香りを思い返していた。
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