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…ワシは女の涙が辛い。
小さい頃から、泣いてばかりの母親を見て育ったせいか、女の泣く姿は極力見たくなかった。
せやから、どんな女にもええ顔して、笑ってやと言うてるもんやから、棗君て優しいねって言われて、見た目は楢山や真嗣には劣ったが、それなりにモテるようになった。
そやし、ワシはただ、女の涙を見るんが嫌なだけやったから、惚れた腫れたには、正直興味なかったけど、18で女を知ってからは、色恋が…殊セックスが、自分の乾いた心を潤す一番の手段やと気づいてしもてからは、箍が外れたかのように、巧みな甘言で女を誘惑しては、片っ端から食ってて、いつしか女にいい顔するのは、涙が見たくないんやなく、セックスをするためのもんになって行った。
そんな生活を40手間まで送り、その中で、美知子言う…結婚考えた女もいたけど、親父のような…惚れた女を泣かす鬼になるのが怖くて、結局…逃げた。
そうして45を迎えた冬の終わり、絢音と運命的に出会い、恋に落ち、一年付き合って同棲した後、この娘と何があっても一緒に居りたい言う気持ちが、親父のようになるかもしれないと言う気持ちより勝り、12月24日のクリスマスイブにプロポーズして、4月…今日この日、結婚式を迎えた。
粛々と夫婦の契りを交わした後、チャペルの外に続く扉の前で開くのを待っていたら、グスッと絢音が涙ぐむので、ワシはドキッとした。
まさか、今になって結婚…後悔してんのか?
ワシみたいな、年増で甲斐性無しのスケベで不細工の嫁さんになるの、嫌になったんか?
仕事も激務で、休日構ってやれんかったり、夜遅くまで独りで待たせてるの…やっぱり嫌なんか?
理由を聞くのが怖くてじっと見つめていると、視線に気づき、絢音が…ワシの女神が、にこやかに笑いかけてきた。
「やだ…泣き過ぎて化粧崩れてる?恥ずかしい…」
「い、いや…き、綺麗やで?せやけど、何そんなに泣いてんや。なんか、この結婚…ワシに嫌なことでも、あるんか?」
勇気を出して問うてみると、絢音は一瞬目を丸くした後、クスクスと笑い出す。
「な、なんね。」
狼狽していると、君の小さな手が、ワシの手をそっと握る。
「バカね。嬉し泣きも知らないの?嬉しくても、涙は出るのよ?言わせないでよ。ホント、嫌んなっちゃう。憎い人。」
そうしてそっと肩に頭を寄せてきて、君は小さく呟く。
「私、あなたと結婚出来て幸せよ?藤次さん。」
君のその言葉に、ワシは胸がいっぱいになり、悲しくもないのに、嬉しいのに、涙が溢れた。
あぁ…
これが、
嬉し泣き…か。
涙は、悲しい時だけ流すものやない。
嬉しい時も、泣いてええんや。
そう教えてくれた君の小さな手をギュッと握り締めた瞬間、チャペルの扉が開かれ、見知った顔達が降らすフラワーシャワーの中を、絢音と共に、歩んで行った…
これから、ぎょうさん笑わせたるて約束したけど、おんなじようにぎょうさん、涙流そうな?
喜びと幸せで流れる、
嬉し涙を…
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