<1・Gloom>

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<1・Gloom>

 後ろから笑い声が追いかけてくる。楽しい、楽しい、楽しい。――この状況が楽しくてたまらない、あらゆる理性や常識の蓋から解放されたのだと示すような声が。 「あはははははははは、はははははははははははははは!」  なんてことだろう。十六歳の女子高校生、吾妻つばめは思う。一体何がそんなに楽しいのだろう。愉快なのだろう。つばめが今逃げている道には、山ほど人が倒れているのに。 「た、助け……助けてえ……」 「痛い、痛いよ、痛い……」  森の中、木々や山道のあちこちから聞こえてくるうめき声。  お腹の中身を道にぶちまけている女の子がいた。  木の幹にもたれて死にかけている、両足のない男の子がいた。  体中がおかしな方向にねじ曲がって、それでも死ねない様子の女の子。首だけが不自然に消失している男の子もいた。みんなみんなみんな、共通していることは同じ。つばめと同じ学校の制服を着ているということである。  何でこんな馬鹿げたことになっているのだろう。自分達は、今日も普通に授業を受けていたはずだ。英語の時間、教科書を読む先生の声が眠くて、ただぼんやり外を見つめていただけのはずである。  それなのに。気づいたら、自分達はこの得体のしれない森の中にいて逃げ回っている。あるいは、つばめを追いかけてくる“彼女”のように、笑いながら殺戮を楽しんでいるのだ。 「あははははははははははははあああああああ!どこまで、どこまで逃げる気ぃ!?馬鹿じゃないの、逃げられるわけないしい!あはははははははは、はははははははははははっ!」  ずしん、ずしん、ずしん、ずしん。  重たい地響きが、狂った笑い声と不協和音を奏でる。つばめは歯を食いしばった。まだ、死ぬわけにはいかない。こんな訳のわからない状況で殺されるなんてごめんだ。何より。 ――助けなきゃ。  ぎゅっと、ポケットの中でスマートフォンを握りしめる。 ――助けなきゃ、助けなきゃ。……イヅルだけは、絶対!  この世界に召喚されてから、まだ自分は出会うことができていない。  命を賭けてでも恩を返さなければいけない存在――幼馴染の、皆瀬イヅルに。
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