美男とティラノー

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「ティラノーだよ、彼女が」  みのりんが、何でもないことのように言った。 「普通の女子じゃねえか」 「うんそう。でも、元々『ティラノー』と呼ばれてたんだ」 「呼ばれてた? どこで?」 「裕貴君が一瞬バイトしてた会社でさ」  バイトは山ほどしたのでどの会社のことかわからない。とにかく俺は、みのりんに少しでも早く、少しでもたくさん恩を返したかったから。 「さてどっちがいい?」 「は?」 「『よくわかりませえん、教えてくださあい』って頼ってくる若いOLと、『何年同じことやってるの! 頭使いなさいよ!』と叱り飛ばしてくる先輩OL」  ――思い出した。  ちょっとキツイ物言いではあるものの、正当な言い分。それを「可愛げがない」「肉食獣」「怖い」「男嫌い」とか言われていた。  仕事がデキる女性だった。効率的で合理的で、言っていることには筋が通っていた。教え方もシンプルでわかりやすくて、俺はだから、仕事をやりやすかったんだ。  確か彼女は辞めていった。出来過ぎる女性を、男は敬遠する。  景気はバブルでも会社とは男性社会。掛け持ちのバイト先のカラオケボックスで、OLさんらがよく愚痴ってたのを聞いたし、流行歌の「YAHYAHYAH」で本気で上司ぶっ飛ばす勢いでソファを殴っていた女子もいた。ドラマじゃ「お局」という言葉が一躍注目を浴び、25歳はクリスマスケーキと言われ円満退職に焦る風潮で。 「ねええ、裕貴君。飲みに行こうよお」  舌足らずな言い方で誘ってくる女の子たちに付き合った飲み会では、薄い内容の会話と、彼女の悪口ばかり。そういった女の子と話すのが楽しそうな男たち。  スポイルされそうな気がして、俺はそのバイトを一瞬で辞めたんだった。 「あの彼女?」 「名を佐倉日美子という」  そうだ。そんな名前だった。  何でその日美子さんがここに? え、みのりんと知り合い?  って疑問はあれど、この島がうまく統率取れていい感じに回っていることに、俺は納得していた。日美子さんが仕切っているなら、このくらいのことは当然だ、と思えたのだ。
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