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「ご提案なのですが、たとえば舞を舞ってみせるだけではいけないのですか。歌だって歌えます」
「阿呆か、貴様は。希代の踊り子たる貴様の母親と貴様とでは比べものにならぬだろうよ。貴様が昔から舞や歌の修練をひそかに積んでいることは方々より聞きおよんでおる。だが凡庸な貴様の舞ごときで金を出す者などいるものか」
「ですが、この身を差しだしたとて、わたくしめを一晩五百万エルオンなどという大金で買いもとめる好事家がそうそういらっしゃるとは思えません」
その金額設定からして貴族や豪商を客にするつもりなのだろうが、それにしたって寒冷化による領海内の流氷の増加が原因で入港料が稼げなくなり漁獲量も減り、国全体が貧困に傾きつつある今、上流貴族であっても簡単には出したくないであろう金額で一夜限りの機会を買う者が幾人もいるとは考えられなかった。
父王が、暴食で丸くなった顔をゆがませて尊大な口調で話しだす。
「銀糸がごとく輝く髪に、黄金色の瞳……世界中をとりこにした貴様の母親、その生き写したる貴様の容姿であれば味見してみたいと願う者はごまんといる。それこそ国外にもな。貴様は公務もせずに遊びほうけておる悪女として名高いが、美しさだけは悪行に勝るとも知れわたっておるゆえ、愚かで物事の判断もできぬ民であっても我が妙案に納得するだろうよ」
得意げに繰りだされる説明に、大臣たちが『さすが陛下』と言わんばかりの尊敬のまなざしを向けて、自分たちの主君の偉大さを誇るかのように胸を張る。
そんな臣下たちの態度を眺めわたした父王が、満足げな笑みを浮かべて言葉を継ぐ。
「当初は客先に出向かせる予定だったがそのまま誘拐されるおそれを考慮し王城に客を招くことにしたのだから、わが厚情に感謝するのだな。初回の客はひと月後だ。準備は抜かるなよ」
「……。……かしこまりました」
絶望感に締めあげられた喉からやっとの思いで返事を絞りだす。
ノツィーリアは父王に深々と頭を下げると足早に玉座の間をあとにした。
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