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玉座の間の巨大な扉を抜けた瞬間、それまでこらえていた涙が浮かんできた。口を押さえて嗚咽を飲みこむ。
(見ず知らずの人に毎晩犯されなければならないなんて、そんなの耐えられない……!)
控えの間を駆けぬけて廊下に飛びだせば、城勤めの文官たちが眉をひそめて一斉にさげすみの視線を突き刺してくる。
男たちがノツィーリアを見て小声で話しはじめた。
「やあやあ、悪女のおでましだ」
「財政が厳しいというのに商人を呼びつけては贅を尽くしたドレスを何着も作らせているらしい」
「そのくせ人前に出てくるときはあのような慎ましやかな装いをされていて、計算高さは元平民の母親譲りだな」
「たしか先日も、ご公務の提案を突っぱねられておられたとか」
「ええ。『これならばノツィーリア姫にも務まるでしょう』とごく簡単なお務めをご用意して差しあげたのですが、『なんでそんなことを私がしなくちゃならないの』とおっしゃっていたと人づてに聞きました」
「まったくひどい話だ。わがままにもほどがある」
うつむいて廊下を歩くノツィーリアを見ながら聞こえよがしに噂話を口にする。
まるで身に覚えのない悪行がでっちあげられている。これはノツィーリアの日常だった。
三年前、成人を迎えたノツィーリアが公務について父王に問い合わせたところ『貴様ごときに務まる公務なぞない。下手に貴様が出ていって王家の品格に傷を付けられてはかなわぬ』と言われ、以降、何度かそれについて尋ねるたびに突き放されつづけてきたのだった。
その結果が【ノツィーリア姫は王族の義務も果たさないわがままな悪女である】という評価だった。
公務を拒んだことは一度もないのに――。そう官僚たちに直接訴えたところで、この王城にはノツィーリアの切なる訴えに耳を傾けてくれる人はひとりとしていなかった。
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