【-甘口-】

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仕事の疲れでゆっくり起きて、軽い食事を一緒に終えた後にひとりで買い物に行く史呉を見送る。 一緒に行こうかと言ったんだけど、今日だけはだめと言われた。 借りたタブレットで映画を観て史呉を待つけれど、なんだか落ち着かなくて室内をうろうろしてしまう。 部屋もだけど、キッチンも俺の部屋より広い。 なんとなく視線を滑らせていたら付箋だらけのノートが置いてあり、なんだろうと思ったのと同時に史呉が帰って来た。 「ただいま」 「おかえり」 「新婚さんみたい」 「なに言ってんの…」 顔に熱が集まって俯くと、髪を撫でられた。 「ちょっと時間かかるかもしれないから」 「なにか作るの? 手伝うよ」 「だめ。座ってて」 「……」 「せっかく休みだし、寝ててもいいよ。出来たら起こすから」 なんだかつまらないけど言われた通りにする。 ベッドにひとりで横になると、妙に広く感じて寂しい。 寝ながら頬杖をついてキッチンでなにか作っている史呉を眺める。 さっきのノートを見ながら調理をしている…レシピブックだったのかな。 なにを作ってるんだろう、と考えながら様子を見ていたら瞼が重たくなってきてしまった。 …………… ………… ……… …… … 「…久遠、起きて」 「ん…」 目を開けると史呉が俺の顔を覗き込んでいる。 あのまま寝ちゃったのか。 小さくあくびをすると頬にキスをされた。 「出来たよ」 「うん…」 テーブルに並んだ料理はなんだか見覚えのあるものばかり。 「史呉、これ…」 「うん。久遠が教えてくれた、店のおすすめメニュー。そのままのレシピはわからないからアレンジだけど」 「なんで…?」 史呉を見上げるとまたキスをされた…キス好きだよな、と思いながら言葉を待つ。 「久遠がおすすめだって思うメニューを作りたかったんだ。喜んでくれるかなって」 「……」 「うちのキッチンの人にもアドバイスもらったりして頑張ったけど……だめだった? こういうの嫌?」 「ううん。びっくりのほうが大きいから…」 俺から史呉に抱きつくと、優しく抱き留めてくれる。 「本当は全部作れるようになりたいんだ。久遠が好きな、大切にしている店のメニューだから。一緒に働けたら最高なんだけどね」 「十分過ぎる…。これがやりたい事?」 「そう。それで久遠の笑顔を独り占めするところまでがセット」 「なにそれ」 なにこいつ…可愛過ぎる。 こんなすごい事されたら、もっと好きになってしまう。 ただでさえ気持ちが抑えられないのに……どこまで好きにさせたら気が済むんだろう。 少し早い心臓の音が恥ずかしくて知られたくないけれど、気付いてくれたら嬉しいな、と抱きつく腕に力を込めて身体を密着させると、史呉もぎゅっと抱き締めてくれた。 「……ごめん、史呉。俺、ちょっと疑ってた」 「なにを?」 「うちの店の話、聞きたがるの……なんか嫌な目的があるんじゃないかって」 口にした言葉は思った以上に苦かった。 そんな風に思ってたなんて、史呉に申し訳ない。 「俺も驚かせたくて理由を言わずに聞いてたから、久遠は悪くないよ。冷めないうちに食べよう?」 「うん」 見慣れたメニューなのに場所は史呉の部屋……変な感じ。 しかも全て史呉の手作り。 「……お返しはなにがいい?」 「お返し?」 「こんなにしてもらって、俺だけなにもしないわけにはいかないから」 引いてくれた椅子に座りながら聞くと、史呉が俺の頬を軽く抓んだ。 「じゃあ抱かせて」 「え」 「前に言ったよね? 俺は久遠が欲しいって」 「……言った」 「ずっと我慢してたんだけど、もう限界」 「……」 我慢してたんだ…知らなかった。 なんとなくそういう雰囲気にならないだけかと思っていた。 触れられた頬が熱を持つ。 優しいキスの予感に瞼を下ろすと、はむ、と唇を甘噛みされた。 「今はお預けされておく。後でゆっくりね」 「……うん」 テーブルを挟んで向かいの椅子に座る史呉を目で追う。 心臓がバクバク言ってる。 せっかく作ってもらった料理だけど、味がわからないかもしれない。 END
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