【-甘口-】

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【-甘口-】

開店前のフロアのセッティングをしながら史呉の事を考える。 今日も迎えに来てくれると言っていた。 当然のように史呉がそばにいて、なんだかくすぐったい。 史呉との時間はどんどん甘くなっていく。 店の従業員達…特に女性からは普段の史呉の事を色々聞かれるけれど答えない…答えたくない。 そういう史呉を知っているのは俺だけでいい。 加瀬さんなんか、『元カノ特権で教えて』と言ってきて、さすがに引いた。 明日は久々に史呉と俺の休みが重なっているから今夜はのんびりできる。 なにをしよう。 いつも通り部屋で過ごすのもいいけど、たまには出かけてもいいかもしれない。 付き合い始めてからもう三か月が経っている。 初めの頃は始発で帰る史呉を見送っていたけれど、今では史呉の着替えが俺の部屋に置いてある。 部屋の中に史呉のものが当然のようにあるのが不思議で恥ずかしくて嬉しい。 俺の心はしっかり史呉に持って行かれて、ひとりで過ごす事を忘れてしまった。 季節は変わり、陽射しが強い。 これからどんな風に史呉との時を重ねて行くんだろうと考えるだけでそわそわしてしまう。 でも、ひとつ引っ掛かっている事もある。 史呉がうちの店の話を聞きたがる事。 理由を聞いてもはぐらかされる。 史呉が競合店の店員だという事はわかっているから、話せない事だって当然ある。 それでも毎夜、史呉は俺を抱き締めながら店の話題を振ってくる。 嫌な考えが時折脳裏を過ってしまうのはおかしい事ではないと思う。 そしてその考えを打ち消し切れない自分に苦しくなる。 「お疲れさまでした」 「久遠!」 「史呉…」 店を出ると史呉がいる。 閉店時間は同じなのにいつも史呉が待ってくれていて、たまには俺が史呉の店に迎えに行ってもいいんだけどな、と思う。 「じゃあ行こう」 「? 駅?」 「うん。今日はうちに来て」 史呉の部屋…。 いつも俺の部屋だから緊張する。 行ってみたいとは思っていたけれど、『史呉の部屋に行きたい』の一言が恥ずかしく、なにも言えなくてそのままになっていた。 どきどきしながら駅に向かい、電車に乗って六駅で降りる。 駅前のコンビニで飲み物を買って、十分ほど歩いたところにある三階建ての建物に入った。 「どうぞ」 「お邪魔します…」 俺の部屋より広めのワンルーム。 室内を見回していたら抱き締められた。 「今日もお疲れさま、久遠」 「史呉もお疲れさま」 「明日はやりたい事があるんだけど、いい?」 「? うん。なに?」 「秘密」 軽くキスをされてどきどきする。 そばにいると落ち着くけれど、ちゃんと心臓は高鳴るし顔は熱くなる。 自分が史呉を好きな事を自覚する瞬間はいつもふわふわする。 「シャワー浴びよう」 「…一緒に?」 「一緒に」 そういう関係ではないけれど、シャワーはいつも一緒に浴びたがる史呉。 慣れたはずなのに、場所が違うと初めてのようで緊張する。 そんな俺に史呉がまたキスをする。 「着替え貸すね。俺の服着る久遠が見られるとか幸せ」 「…変な趣味」 「可愛い久遠を独り占めできるのも幸せ」 「……」 この男はとにかく俺を独占したがる。 それが心地好い俺も大概だけど。 シャワーの後、少し広いベッドでふたりでいつも通り抱き締め合う。 「史呉、もう寝る? 明日どっちも休みだからもうちょっと起きてない?」 「明日はやりたい事があるって言ったでしょ。早く寝ないと」 「…うん」 やりたい事ってなんだろう。 聞いても教えてくれなくて、疑問符を浮かべる俺を穏やかな瞳で史呉が見つめる。 「久遠は俺だけ見てればいいから」 「見てるよ」 「もっと」 史呉の体温ってすごく眠くなる。 抱き締められて髪を撫でられて、気が付けば瞼が下りていた。
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