26人が本棚に入れています
本棚に追加
仕事の疲れでゆっくり起きて、軽い食事を一緒に終えた後にひとりで買い物に行く史呉を見送る。
一緒に行こうかと言ったんだけど、今日だけはだめと言われた。
借りたタブレットで映画を観て史呉を待つけれど、なんだか落ち着かなくて室内をうろうろしてしまう。
部屋もだけど、キッチンも俺の部屋より広い。
なんとなく視線を滑らせていたら付箋だらけのノートが置いてあり、なんだろうと思ったのと同時に史呉が帰って来た。
「ただいま」
「おかえり」
「新婚さんみたい」
「なに言ってんの…」
顔に熱が集まって俯くと、髪を撫でられた。
「ちょっと時間かかるかもしれないから」
「なにか作るの? 手伝うよ」
「だめ。座ってて」
「……」
「せっかく休みだし、寝ててもいいよ。出来たら起こすから」
なんだかつまらないけど言われた通りにする。
ベッドにひとりで横になると、妙に広く感じて寂しい。
寝ながら頬杖をついてキッチンでなにか作っている史呉を眺める。
さっきのノートを見ながら調理をしている…レシピブックだったのかな。
なにを作ってるんだろう、と考えながら様子を見ていたら瞼が重たくなってきてしまった。
……………
…………
………
……
…
「…久遠、起きて」
「ん…」
目を開けると史呉が俺の顔を覗き込んでいる。
あのまま寝ちゃったのか。
小さくあくびをすると頬にキスをされた。
「出来たよ」
「うん…」
テーブルに並んだ料理はなんだか見覚えのあるものばかり。
「史呉、これ…」
「うん。久遠が教えてくれた、店のおすすめメニュー。そのままのレシピはわからないからアレンジだけど」
「なんで…?」
史呉を見上げるとまたキスをされた…キス好きだよな、と思いながら言葉を待つ。
「久遠がおすすめだって思うメニューを作りたかったんだ。喜んでくれるかなって」
「……」
「うちのキッチンの人にもアドバイスもらったりして頑張ったけど……だめだった? こういうの嫌?」
「ううん。びっくりのほうが大きいから…」
俺から史呉に抱きつくと、優しく抱き留めてくれる。
「本当は全部作れるようになりたいんだ。久遠が好きな、大切にしている店のメニューだから。一緒に働けたら最高なんだけどね」
「十分過ぎる…。これがやりたい事?」
「そう。それで久遠の笑顔を独り占めするところまでがセット」
「なにそれ」
なにこいつ…可愛過ぎる。
こんなすごい事されたら、もっと好きになってしまう。
ただでさえ気持ちが抑えられないのに……どこまで好きにさせたら気が済むんだろう。
少し早い心臓の音が恥ずかしくて知られたくないけれど、気付いてくれたら嬉しいな、と抱きつく腕に力を込めて身体を密着させると、史呉もぎゅっと抱き締めてくれた。
「……ごめん、史呉。俺、ちょっと疑ってた」
「なにを?」
「うちの店の話、聞きたがるの……なんか嫌な目的があるんじゃないかって」
口にした言葉は思った以上に苦かった。
そんな風に思ってたなんて、史呉に申し訳ない。
「俺も驚かせたくて理由を言わずに聞いてたから、久遠は悪くないよ。冷めないうちに食べよう?」
「うん」
見慣れたメニューなのに場所は史呉の部屋……変な感じ。
しかも全て史呉の手作り。
「……お返しはなにがいい?」
「お返し?」
「こんなにしてもらって、俺だけなにもしないわけにはいかないから」
引いてくれた椅子に座りながら聞くと、史呉が俺の頬を軽く抓んだ。
「じゃあ抱かせて」
「え」
「前に言ったよね? 俺は久遠が欲しいって」
「……言った」
「ずっと我慢してたんだけど、もう限界」
「……」
我慢してたんだ…知らなかった。
なんとなくそういう雰囲気にならないだけかと思っていた。
触れられた頬が熱を持つ。
優しいキスの予感に瞼を下ろすと、はむ、と唇を甘噛みされた。
「今はお預けされておく。後でゆっくりね」
「……うん」
テーブルを挟んで向かいの椅子に座る史呉を目で追う。
心臓がバクバク言ってる。
せっかく作ってもらった料理だけど、味がわからないかもしれない。
END
最初のコメントを投稿しよう!