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愛のかたち
駅前の居酒屋。
カウンター席でひとりヤケになって飲んでいたら、隣で飲む男性も妙にペースが速い。
軟骨入りつくねを食べながら様子を盗み見る。
普段着で、俺と同じくらいの年に見える。
俺も仕事帰りだけど普段着。
飲食勤務でスーツを着る事はほとんどない。
隣の男性はかっこいいけど、イケメンが俺のヤケ酒の原因でもある。
『ごめん、久遠くん…他に好きな人ができちゃった』
その言葉と共に浦久遠は彼女にフラれましたとさ。
そして好きになった相手と言うのが、俺と彼女…元カノの働くレストランの向かいにある競合店の和創作レストランで働く店員だと。
見た事はないけどすごくかっこいい店員がいるらしく、その店がオープンしてから女性客がそちらに流れてしまった。
もちろん、うちの店を気に入って来てくれるお客さまもいるけれど。
『私は見た目じゃなくて中身が一番だと思う』
なーんて言ってたのに、『だって、すごくかっこいいんだもん』って……しっかり見た目に惹かれてんじゃん。
いつの間に店に行ったんだよ…。
あ、お酒もっと飲みたい。
「すみません、生ビールひとつお願いします」
店員さんに追加注文をして溜め息を吐くと、隣の男性のそれと重なった。
もう一度見てみるけど、ほんとにかっこいい。
向かいの店の店員とどっちがイケメンだろう。
それにしても随分落ち込んだ顔をしながら飲んでるな…俺も人の事言えないけど。
「…なにか?」
「え?」
「さっきから見てるから」
気付かれてたか。
「いえ…別に」
「そ」
グラスのビールを呷り、すぐに追加の生ビールを注文する隣の男性。
そこに俺の注文した生ビールが運ばれてきた。
「何杯目?」
男性に聞かれる。
「さあ?」
数えてない。
「ヤケ酒に見える」
そう言う隣の男性もまた、運ばれてきた何杯目かわからないグラスを受け取っている。
「そちらも」
「まあね」
少し赤らんだ頬が色っぽい。
グラスを置いてふたりで溜め息。
「彼女にフラれたとか?」
「え?」
なんでわかったんだ。
「なーんて、フラれたのは俺だけど」
一気にグラスを空けた男性は、寂しげに瞳を揺らす。
この人もフラれたのか…。
「いや、合ってる」
「は?」
「俺も彼女にフラれた」
ぐっと一気にビールを飲む。
少しくらっとしたので息を吐いてから言葉を続ける。
「他に好きな人ができたって」
「そう…」
笑顔が可愛くて、料理はちょっと苦手な子だけど休みが合えばよくふたりでご飯を作ったりして一緒に過ごした。
幸せって突然崩れるものなんだ…。
「職場の同僚の子なんだけど、俺達が働いてる店の向かいにあるレストランのイケメン店員に惚れたってフラれちゃった」
「……ん?」
「『私は見た目より中身だから』とか言ってたけど、女の子ってやっぱ平凡な男よりイケメンがいいんだろうな」
もっとかっこよく生まれてこればよかった。
そんな事考えたって仕方ないんだけど考えたくなるくらい悔しい。
「あのさ」
「なに?」
「もしかしてフラれた彼女って“あかり”って名前だったりする?」
「? うん。する」
加瀬明香里。
名前を頭に浮かべるだけでほんと苦しい。
てかなんでこの人、明香里の名前知ってるんだろう。
「…それ、俺だ」
「は?」
「その彼女が惚れた相手、俺」
……………。
「えっ!?」
「今日、仕事終わって店出た時に向かいのレストランで働いてるナントカあかりって子に告白されたんだよ」
「……」
「そこを彼女に見られて、『史呉、すごくかっこいいもんね…こういうシーン何度も見たけど、もう辛い…』ってフラれた」
「……なんか、ごめん」
なにやってんだ、あいつ…。
そんな行動力あるやつだったっけ。
俺をフッてその足で告白しに行ったって事か……なんだか軽く眩暈がした。
しかもそのせいで別れさせちゃうとか、ほんとなにやってんだよ…。
「もう辛いって言われたって、俺だって好きで色んな子に告白されるわけじゃない」
「うん」
「なんでこんな見た目に生まれたんだろう…」
俺は平凡に生まれた事を悔しく思って、この人…史呉さん?はかっこよく生まれた事を嘆いてる。
変なの。
「とりあえず飲む?」
「飲む」
追加で生ビールをふたつ注文した。
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