836人が本棚に入れています
本棚に追加
女中たちがコーヒーをいれる千鳥の手元を見ようと集まってきて、そんなに大勢の人に囲まれたのは初めてのことで、どうしたらいいのかと皆の顔を見回すと興味津々……という顔をしている。
「奥様、コーヒーの入れ方を教えてくださいませ」
千鳥はポットのお湯が沸くとガスから下ろした。
「私も母から教えてもらったのをうろ覚えでやっているだけなので、本職の方のようにはできないと思うのですが……」
そう前置きしてコーヒーを入れはじめた。
加茂院家では千鳥が家事を担っていても、顧みてくれる人はいなくて、労われたこともない。コーヒーをいれることは母が元気なときに教えてくれ、それ以来ずっと続けていた。
それも、唯一、父と顔を合わせる機会になるからだった。
コーヒーをいれるのは手間がかかるし、父は早起きで目覚めとともにコーヒーが出てこないと不機嫌になる人だったから、あやめも、理子も自分が代わるとは言い出さなかったのも都合がよかった。
……お父様、私に鞭を振り下ろしたとき、どうして、私のことを「千早」とお母様の名前で呼んだのかしら……
最初のコメントを投稿しよう!