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雪見時雨の罪
御鏡学園、資料室。四時間目授業中。
蓮見と向き合い、資料室の窓を閉める。
狐面とヘッドフォンをしたままに僕は思わず蓮見の手元を凝視する。
「蓮見、引き摺ってるそれは何?」
「先程捕まえた不審者です」
不審者。そっか不審者かぁ。
あ、じゃあ盗聴器の持ち主じゃ…………。
うわぁ、危なっ!蓮見が来てくれて良かったぁ。
「この後の時雨様の目的をお聞きしても良いですか」
「まずは屋上に行って昼休みに先生と合流したら、手っ取り早く拐われようと思って」
「危険過ぎる」
「危険過ぎます時雨様」
今ヘッドフォンの向こうからも聞こえたね。
同じタイミングでって逆に凄い。
「あー、やっぱり駄目?」
「怪我したらどうするんですか」
「僕には異能もあるし、早々怪我しないと思うよ」
「それでも危険過ぎます!」
資料室に、蓮見の声が響いた。
「よく言った」
ヘッドフォン越しに父様が蓮見を誉める。
これ僕じゃなかったら拗ねてるな。
「蓮見も知ってると思うけど、僕は一応護身術も身に付けてはいるし、戦闘訓練にも参加し始めたし。蓮見が居るからこそ出来る提案だと思ってるんだけど…………」
「…………」
無言で僕を見つめる蓮見は、不服そうだ。
「蓮見、屋上に行こう」
僕は蓮見に両腕を広げ、抱っこをせがむ。
本来の時雨はここまで軽い態度も甘える様な態度も取らないだろう。
蓮見は一瞬僕と手元を見比べ、一言。
「両手が塞がるのはよろしくないのですが」
「そう、じゃあ僕は先に行こうかな」
僕は資料室の扉を開いて廊下に出てしまう。
人気の無い廊下を階段目掛けて歩く。
そこでふと、視線を窓に向ける。窓の先は向かいの教室。
そこから妙に視線を感じると思ったら。
たまたま窓の外を眺めていたらしい生徒と、目が合った気がした。
多少の目撃者は仕方ないとし、僕はゆっくりと屋上に向けて階段を登る。
その内、蓮見も付いてきた。手元の男を引き摺ったままに。
そうして屋上前に着いてから十数分後、昼休みの時間を告げる鐘が鳴る。
後は先生が来るのを待つだけ、だったのに。
階下が騒がしい。僕は蓮見に様子を見るついでに先生を迎えに行くように言った。
蓮見は一瞬躊躇ったものの、僕が引き摺られていた男に異能を使い始めると階下に降りて行った。
蓮見が十分に離れた事を確認すると僕は屋上に続く扉を無理矢理抉じ開け、外に出た。
男は僕が異能を使って暫くしたら意識を戻したが、妙におとなしかった。
それから数十分後、中庭も騒がしくなった。
続々と生徒が出て来ているようだった。
何が起きているのか判断が付かないまま隣に立った男を見ると、男はヘッドフォン越しに聞こえるか聞こえないかぐらいの声で「襲撃です」と言った。
男をよく見ると、耳に小さな狐の影絵ピアスをしていた。
目印…………目印と言えば目印だが目立たない。
目の前の男がやけにおとなしかった理由に納得した。
誘拐はこの男に任せよう、と思った。
「蓮見と先生が大怪我しなければ良いなぁ」
僕の呟きに、ヘッドフォン越しに応えがあった。
「先生、については何も言えません。ですが避難誘導は終わっていると報告が上がってますので、無事に数人の援軍が侵入、戦闘に参加しているかと」
「…………え?」
「相当な手練れがいない限り、彼は無事でしょう」
つまり蓮見を信頼しろ、と。
ヘッドフォン越しに使用人が落ち着いた口調で優しく言った。
なんか、会って数日の僕より随分蓮見の事信頼してるじゃん?
蓮見が怪しい。雪見とどう関わったらここまで信頼されるのか。
それから暫くして、先生に肩を貸した蓮見が戻って来た。
所々かすり傷や片足を引き摺る先生とは対照的に、蓮見はほぼ無傷。
彼等の背後には二人、控える様に着いて来ていた。
…………うわぁ、使用人の言った通りになった。
僕は微妙な表情で彼等を迎える事になった。
蓮見は先生から手を離すと僕の側に立つ男を睨む。
慌てて、男を庇う様に前に立った。
「蓮見、先生とそこの男は協力者だ。保護対象だよ」
「…………知ってます」
知ってて睨み付けるってどういう心境!?
あれから数時間後、夕方に差し掛かる頃合い。僕は拐われている。
勿論蓮見も、雪見家も把握しているのでわざとと言って良いだろう。
あ、僕を拐っているのは蓮見が引き摺っていた奴だったりする。
つまり、僕の提案は通った訳だ。
それでも僕の提案は結構無理矢理だった。
何せ、護衛対象と保護対象者が一辺に拉致事件と現場に首を突っ込むんだから。
それでも一応確認はした。
僕一人増えて怪しまれないだろうか、と。
答えは、「怪しまれない」との事だった。
理由を聞いて見ると数時間前の盗聴器の事があって、誘拐する人間が増えた所で問題にはならなくなった、らしい。
何それ、どんな強制力!?もしかして小説の時雨も情報を集めてる内に巻き込まれ、事件に関わらざる得なかったのだろうか。
それにしても何も見えなくて怖い。目隠しされてる。
黒い狐面はとうに外してる。と言うか、蓮見や先生達の目の前で外した。
僕の顔を知っている蓮見はともかく、先生と今僕を運んでるこの男は少し驚いていた。
髪色と髪型、雰囲気以外が赤井蛍に似ていたから。
そして非常に揺れて吐きそう。腹にめっちゃ圧迫感。
子供は繊細なんだ!丁重に扱えよな!!
声出す余裕とか、そんな元気無いわぁ。
「うぷっ…………」
そう言えば、今回が多分最初の誘拐なんだと思う。
まだ誰かが拐われたとか聞いてないし。
あれ、最初?
最初ってアレじゃん?
被害者は浅葱君の姉だった筈では???
「うわっ!おい吐くなよ!?」
上から驚いた様な馬鹿っぽい男の声がする。
それは僕を運ぶあなた次第って事で…………。
ってかさっきまでの落ち着きはどうしたんだ。
妙な衝撃と圧迫感。乱暴に投げ入れられたんだろう。
耳元に届く高い悲鳴。低反発な硬いシートの感触。車の扉が閉まる音。
どうやら車に乗せられた様だ。舌打ちと車のエンジン音。
「そいつがさっきの盗聴器から聞こえてた奴か?」
「あぁ、そうらしい。資料室から怯えて逃げようとしてやがった。捕まえんのに手間取ったぜ。あー、疲れた」
二人の男のやり取りと不定期的な車の揺れ。
怪しまれないってそう言う事か。
男はきっと僕の提案が無くても僕か先生、囮に使える人間を連れてくる予定だったんだろう。理解は出来るが、納得は出来なかった。
そう考えている内にも遠退く意識。
「僕は最初の被害者を助ける事は出来なかった。
死んでしまった最初の被害者の名前は、浅葱薫。
可愛らしい、女の子だった。
僕は今でも彼女の名前を覚えている。
そして、彼女の死んでしまった後の青ざめた顔も」
沈む意識の中、過る小説での時雨の言葉。
瞬間的に意識が鮮明になる。気を失っている場合じゃない。
さっき聞こえた悲鳴。僕以外にも誰か居る。
もしかしたら。その予感はどうやら、当たっていた。
手元の拘束を時雨の持つ異能力によって、無理矢理解く。
視界と両手の自由を確保すると僕は直ぐに隣を確認した。
赤井蛍ではない。目隠しを含む拘束をされた状態の可愛らしい女の子が、二人。
二人?はっ、二人も居る。
これじゃどっちが浅葱薫か分からない。
浅葱薫は時雨の罪なのに。
それに小説じゃ確か最初に拐われたのは浅葱薫と雪見時雨の二人だった筈だ。
それがどうして。
でも、そう。二人居ても僕のやることはどうせ変わらない。
僕は直ぐに彼女達の手を掴んだ。それも一度ビクッと肩が跳ねた後は大人しくなった。
「必ず守り通してみせる」
自分の足の拘束も解き、振り返る。
彼女達だけでも守りきれる様に。
車内には僕と二人の女の子を含め、五人。
車はもう、動き出していた。
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