目は口よりも物を食う

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目は口よりも物を食う

「あなたは胃がんです」 私がそう医者から告知されたのは、会社の健康診断を病院で受けてから数日後のことだった。 おかしいと思っていた。同僚は皆会社で健康診断の診断結果表を渡されているのに、私だけは渡されずに「診断の結果が出たので、『すぐ』に病院に来てください」との看護師からの電話一本のみ。正直なところ「悪い結果に決まってる。余命数ヶ月の病気に違いない」と考えていた。 案の定、胃がんであった。健康診断を担当した先生から告知の後に病理検査結果の紙を渡されたのだが、概要に専門用語やドイツ語と思しき横文字が並べられ、言い回しもドイツ語を翻訳ソフトにかけたような感じで、何が書いてあるのかは全く以てわからなかった。 私は幼い頃から読書家で、昔から本ばかり読んでいるせいか文章の良し悪しは分かると自負している。その代わりに視力は悪く、眼鏡は幼い頃からの友達だ。 私から言わせてもらえれば病理検査結果の概要は「悪文」としか言いようがなかった。 とにかく胃にがんがあり、手術が必要とのことだった。 胃を少し切り開くか、内視鏡を腹から胃に貫通させ、チョチョイと胃の内側に張り付いたがん細胞を摘出する軽いものであると私は考えていた。 しかし、事態は思ったよりも深刻で医者は「胃の全摘出が必要ですね」と述べた。 それを聞いた私は「さよならストマック?」と首を傾げながら返事をしてしまった。 医者はそれを聞かなかったことにして、胃の全摘出についての説明を行ってきた。 よく分からない説明であった…… 簡単に言えば「胃を全部切除して、食道と十二指腸を直結させる」と言うことであるが、私が思ったことは「胃なしで食べたものを溶かせるの?」であった。 医者の説明によれば「十二指腸でも食べ物は溶けますよ」とのことだったが、想像がつかない話である。 がんの治療はスピード勝負、瞬く間に手術の日程は決まり、瞬く間に私の胃は全摘出された。  病床の身でがんに罹患した胃の写真を見せられたのだが…… 不謹慎にも胃の上部が焼き肉のホルモン焼きのように見え、存外美味しそうに思ってしまった。
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