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「なぁ、聞いてる?」
「え、なに?」
「だから、来月の京香の誕生日にさぁ、豪華なディナーに招待するよ」
「あ、ありがとう。嬉しい」
そっか、誕生日、覚えててくれたんだ。
「お洒落してこいよ」
「うん、わかった」
喧嘩したわけじゃない、順調に交際を続けている、いずれは結婚も考えている。そんな相手に私は罪悪感を抱いている。
「ねぇ秀吾」
「ん?」
「前に言ってたよね、女相手なら浮気してもいいみたいなこと」
「あぁ? 冗談に決まってるじゃん、そんなの。小説や動画なんかのフィクションはともかく、現実で同性愛に走るって、異性に相手にされないやつの逃げだろ」
「あぁ、うん、そうだね」
泣きたくなった、腹が立った。
秀吾にではなく、自分自身に。
あの夜以降、忙しさを理由に真紘さんに会えていない。あの時はあんなに強引に会いに行ったというのに。今は会う勇気が出ないというのが本音だった。
真紘さんに惹かれている自分と、秀吾に対する罪悪感。
私は最低な人間かもしれない、いや最低だな。
お店の前を通った時、新店舗のお知らせが貼ってあった。チラシも用意されていたので一枚貰って帰宅した。
玄関にあるパンプスが目に入る、購入した日、お出掛けした日、ご飯を食べた日、添い寝した日、いろんな場面が蘇る。
あの時、真紘さんはどんな気持ちで私を抱いたのか。
今、どんな気持ちでいるのか。
私は自分のことしか考えていなかった、大切な人を傷つけていたかもしれないのに。
勇気を出せるだろうか。
大勢のお客さんに囲まれていた。
良かった、笑っている。
小さな花束だけを店員さんに預け、お店を後にした。
「うさちゃーん」
大きな声が聞こえて振り向いた。
「ちょ、何やってるんですか」
「はぁはぁ、やっと追いついた」
「パンプスで走らないでくださいよ」
「だって、うさちゃん歩くの速いから」
「だってって、オーナーが出てきちゃダメでしょうが」
「会いに来てくれたんじゃないの?」
「そうですけど、私なんかより大事なお客さんがーー」
「うさちゃんより大事な人なんていないよ」
真顔でそんなこと言うなんて。
「ごめん、困らせるつもりじゃないから安心して。友達としてで充分だから」
真紘さんの柔らかな笑顔はずっと変わっていない。
「話をしたくて」
「うんいいよ、歩こうか」
「本当に戻らなくてもいいんですか?」
「大丈夫よ」
近くにあった公園のベンチに座った。
「私、真紘さんのこと好きです。でもやっぱりよくわからなくて」
「うん、そうだよね。それでいいんだよ、京香は幸せになれるんだから、わざわざこっちの世界へ来て辛い思いする必要なんてないんだよ。でも良かった、京香に嫌われてなくて。うん、友達に戻ろう、それがいい」
「ごめんなさい」
「お店も無事に開店したし、また遊ぼうね、今まで通り友達として」
「はい」
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