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「秀吾、遅いよ〜」
「悪い、待った?」
「十五分もね」
「そこは『今来たところ』じゃねぇの?」
「なんでよ、着いたよってメッセージ送った時間見てみなよ」
「うわ、正論」
秀吾は肩をすくめる。そんな悪びれない態度も、私に対する親愛の証しだと思えば悪い気はしない。
私と秀吾は付き合い始めてもうすぐ一年になる。私と違って人見知りしない秀吾は、出会った当初からざっくばらんに接してきて私はいつの間にか笑顔になっていた。気が合うというより気を使わなくてすむ楽な関係、ドキドキ感よりも安心感。何でも話せる親友のような関係は恋愛よりも家族に近い。だから二人が結婚を意識するのも自然なこと。まぁ、お互い三十二歳という年齢がそれに拍車をかけているのも事実だが。
「ほら、行くよ。今日の試合も楽しみだなぁ」
「おう、今日こそ勝つぜ、現地勝率五割がかかってるんだから」
二人ともスポーツが好きで、今日は推しの球団を現地で応援する。私たちのデートは今日みたいなスポーツ観戦だけでなくジムやテニスなど実際に体を動かすことも多い。だからいつも私はカジュアルな格好で、機能性重視。足元はお気に入りのスニーカー、背中には応援グッズの入ったリュック。
「もう少しお洒落した方がいいかなぁ」
そんな言葉が漏れたのは、信号待ちで止まって手前のお店の窓ガラスに自分の姿が映ったからなのだけど。
「え、スカート履いたり踵の細い靴なんて履いたらジャンプ出来ないじゃん」
「秀吾、それ靴じゃなくてパンプスって言うんだよ。でもそうだね、思いきり応援したいしね」
顔も地味だし、私がお洒落したところで似合わないよね。秀吾もこれで良いって言ってるんだし、変わらなくても良いよね。
ぼんやりしていたらいつの間にか信号が変わっていたので、私たちは球場への道を急いだ。
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