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突然訪問した私を真紘さんは受け入れてくれる。
「ちょっと喧嘩して飛び出して来ちゃったから、ここに居てもいいですか? 迷惑じゃないですか?」
「いいよ、好きなだけ居ればいい」
「大丈夫? お腹空いてる? お風呂で温まる? 話も聞くよ?」
今日が誕生日で大事なデートだったことも知っているから、そこで喧嘩した私を気遣っているのだと思う。
「じゃあ、全部。フルコースで」
その事が嬉しくて、私は甘えてしまう。
「よし、一個ずつやってこ。まずはお風呂かな、その間に何か作るね」
脱衣所で準備していたら、ドアが開いた。
「うさちゃん、ボディソープ切れてたからコレ使って……あ、ごめん」
そしてすぐに閉じられたドア。
「ん?」
あぁそうか、脱ぎかけていたから下着を見られてしまったのか。
一瞬だったし、まだほぼ布に覆われているし、そんなに気にすることはないのに。それに、もっと恥ずかしい場所もすでに見られているのだし。
お風呂からあがると、良い匂いがしていた。
「あり合わせだから期待しないでね」
そう言われて出された食事は、サワラの西京焼きときんぴらに豚汁で。
感動してしまった。
さっきのコース料理は全く味なんてしなくて、私の舌がおかしくなったんじゃないかって心配したけど、真紘さんの作ったご飯はこんなにも美味しいんだもん。
食べながら今日あったことを話していく。
「それは大変だったね、普通でも緊張しちゃうのに、いきなりなんて」
「ですよね、あり得ない。しかもセンシティブなプレッシャーかけてくるし」
「彼氏くん、焦っちゃったのかな」
「焦る? なんで?」
「うさちゃんが、どんどん綺麗になっていくから」
「だから、なんで?」
「誰かに取られたくなかったから、とか?」
わからないけど、と目を伏せる。
綺麗になんて、なっただろうか。
確かに服やヒールを買ったり、お洒落を楽しむようにはなったが。
もしもそうだとしたら、それは明らかに、真紘さんの存在が影響しているんだろう。そして誰かに取られるとしたら……やっぱり真紘さん以外いないわけで。
「え?」
「え?」
「うさちゃん、見過ぎよ」
だって、ずっと見つめていたいんだもん。
綺麗なのに、可愛らしい仕草の、料理上手な、仕事の出来る女性。
私にはもったいない。
「なんで?」
「なにが?」
「真紘さんは、なんで私を好きになったの? いつから?」
「最初から気になってたよ、飾ってあったパンプスを眺めてたでしょ、入ってきてくれないかなって思ってた。そしたら私が絶対応対するって決めてた」
「だから、なんで」
私が真紘さんに一目惚れするならわかる、でも地味で平凡な私を真紘さんが好きになるなんて……
「初恋の人に似てたの」
「えっ」
「幼い頃の淡い恋よ、もちろん成就はしなかったし。今となっては良い思い出ね」
真紘さんがどこか遠い目をしていて、でも優しい瞳で微笑んでいる。
その人のことを思い出してるんだ。
「わっ、どうした?」
私は何故かいたたまれなくなって、立ち上がっていた。
「あ、なんでもないです」
その後は言葉少なに食事を終えた。
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