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湯流布さんが
「わかのぉ、お料理苦手だけどぉ
ママにアドバイスしてもらってぇ。
一人で作ったんですぅ」
ちょっと舌ったらずな所も
とても可愛い湯流布さん。
舞い散る桜が彼女の愛らしさを引き立てて
彼女の背後からは野次馬共の
スマホで写真を撮る姿が
何重もの半円になっている。
対する小地留さん。
「高根野さん。
高根野さんの好みを事前にリサーチして
今朝作りました。
お口に合うか分かりませんが
食べていただければ光栄です」
後ろでがんばれー、負けるな―、と
応援しているのは経理課の連中と
小地留さんに胃袋をつかまれた
花より団子の奴ららしい。
だけどこっそりスマホで
湯流布さんを撮っていやがる。
ちゃっかりした奴らめ。
そして二人に並んで差し出された弁当は・・・
湯流布さんのはサンドイッチだ。
うん、ちょっと歪んで並んでいるけれど
まぁまぁきれいに作れている。
だけど何故だろう。
俺の嗅覚がエマージェンシーをコールしている。
食うな食べるな食すな絶対に!!!!!!!!
視覚も湯流布さんの弁当から
禍々しい歪んだオーラを可視化している。
危険異常生命危機信号警報発令!!!!!!!
俺の生体防御は、湯流布さんの弁当を
地獄へと通じる入り口と認識しているようだ。
俺はギギギと視線を隣の小地留さんの弁当に移す。
そこには天国極楽楽園が広がっていた。
海鮮海苔巻きに稲荷寿司。
ただそれだけなのに
色とバランスが絶妙に計算されたその彩は
視界を一流の名画の世界へと酩酊させる。
嗅覚は告げる。
食せ食せ食せぇええええええええええええええっ
満腹中枢を最大限麻痺させるその匂い。
食す前から匂いは口内を食道を通り
胃はスタンバイ状態になりぐ~っと腹を鳴らして
俺に催促する。
ああ、至福が目の前にあ・・・
「「高根野さん?」」
ハッと気付くと、
目の前で湯流布さんと小地留さんが
怪訝な顔をしている。
二人の弁当を前にして、
俺はトリップしてたらしい。
「あ、ああ。すいません」
「謝らなくて結構です。
それで私達の作ったお弁当、
食べてみていただけませんか」
小地留さんがビン底眼鏡を光らせて
そう言う。
「わかのぉ。がんばってぇ作ったんですぅ。
ぜひ食べてくださぁい」
湯流布さんが小首を傾げてちっちゃなハートを散らした声で
そう言う。
うう、どうしよう。
もし湯流布さんの弁当に手を伸ばせば
俺の生命は『無い』。
その上、やっぱり若くて可愛い女の子がいいんだと
周囲から断罪される。
小地留さん気の毒ーと。
されど小地留さんの弁当に手を伸ばせば
俺の生命は『昇天』。
ああ、やっぱり食い気に負けたんだなと
意地汚い奴めと周囲から非難の目。
湯流布さんかわいそーと。
どっちに転んでも俺、詰んでるよね。
なんで俺、こんな目にあってるの?
神様仏様、俺、何か悪い事したでせうか・・。
そう悩んでいる間にも
湯流布さんと小地留さんは
期待と不安に満ちた目で俺を見つめている。
周囲も固唾をのんで見守っている。
俺は俺は・・・
俺は前を向いて覚悟を決めた。
そして二人の弁当に手を伸ばそうとした時。
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