10, 双子

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10, 双子

「鬼堂……鬼堂十兵衛か」  すると、男は覆面をずり下げてニヤリと笑った。 「久しいな、吉川主碼(・・)」  紫野の昔の名を口にするその男は、紛れもなくあの、吾妻時代に直神刀流を主碼に仕込んだ邪剣の剣客、鬼堂十兵衛に間違いなかった。  挨拶がわりに抜き打ちの一閃を食らうも、薬箱でそれを防ぎ、紫野は障子に体当たりをして中庭に転げ落ちた。  隣の部屋からは、美しい顔を下品に歪ませた雪之丞が、舌なめずりをしながら部屋から庭にと降り立った。 「これはこれは、お姫様」 「おまえは、何者だ」 「何者とは悲しいねぇ……ま、尤も、あんたが知っているのは、俺の双子の兄貴だから仕方ねぇか」  双子……道理で、江戸屋敷時代に見知ったことがない筈なのに、既視感が拭えないことが不思議でならなかったのだ。  そう、顔立ちだけなら確かに……あの者によく似ている。 「長沼、伊織殿……いや、まさか……」  すると、雪之丞は歯を見せてニタリと笑った。 「ようやくわかったかい。俺ァ伊織の双子の弟だ。尤も、俺は武家には引き取られず、節操のねぇ芸者の母親の元で、10歳の頃から男にも女にも玩具にされながら生きてきたがね」  雪之丞は、伊織とは似つかぬ下卑た笑い方をして、十兵衛と並んだ。十兵衛が雪之丞の腰を抱くようにして引き寄せる。何の事は無い、この二人はただの仲間というだけではないのだ。 「可愛い顔して、随分恨まれてるぜぇ、お姫様よぅ」  雪之丞が帯の下から小太刀を抜き放ち、奇声をあげて紫野に斬りかかってきた。十兵衛仕込みの太刀筋は早く、役者だけあって体が柔らかい。  紫野の横薙ぎは軽々躱されてしまった。 「まさかと思うが……先日の押し込みは、貴様らの仕業か」 「だったらどうなんだい。奉行所は『血煙一味』だなんて二つ名をつけてくれたようだから、次は千社札でも残しておくかねぇ」 「許せぬ……」  紫野がギリリと刀の柄を握り直した。 「主碼よ、そんな短刀で、師である私を倒せると思うてか」  十兵衛が、雪之丞を押しのけるようにして前に出た。  紫野の膝が震える……子供の頃の、恐ろしい形相で骨まで叩きのめされた稽古を体と心が覚えているのだ。 「……雪之丞、あんた一体……」  着物を着崩したままの美和が庭に出ようとするのを、紫野が止めた。 「美和さん、障子を閉めて部屋の奥へ」  ひぃと悲鳴を上げ、美和はその場に蹲ってしまった。  じりじりと、紫野は十兵衛と雪之丞に追い込まれていく。 「紫野先生! 」  太く響く男声に続き、十兵衛の手首に石飛礫(いしつぶて)が命中した。  怯む二人と紫野の間に滑り込んだのは、裏口から中庭に駆け込んできた袴田清十郎であった。 「清さん」 「無茶をするな。美和さんは」 「無事です」 「ここは引き受ける、美和さんと早く逃げろ」 「でも……」 「今のあんたよりは拙者の方が戦える」  十兵衛を前に足が竦んでいたことを見透かされていたのかと、紫野は唇を噛み、清十郎の言葉に従った。  刀を振りかざしながら雪之丞の脇を抜け、すっかり腰を抜かして尻餅をついたままの美和の手を取り、店の出口へと駆けていったのであった。
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