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──胃袋に容量の限界というものが存在するのなら、やつの胃はきっとブラックホールを内包しているため無限であるに違いない。現にいまも俺が揚げている唐揚げを試食と称し横から掻っ攫っていく。
「あっ、おっ前なぁ!」
「なんだ」
夕食まで待てと言い聞かせても『出来立てが一番なんだから一番美味しい時に食べるべきだ』と主張して聞かない。つまみ食いをしたうえで夕食はキッチリ残さずに食べるのだから、俺としては感心半分呆れ半分だ。いや。呆れの方が明らかに上回っている。俺も食の盛りは過ぎたがよく食べる方なのだ、自分の取り分が減るのは面白くない。
「夕食まで待てって何度言や分かるんだよ」
「料理は出来立てが美味いから一番いい状態の時に食うべきだろ、冷めてから食べるのは唐揚げにも失礼じゃないか?」
「謎の理論を持ち出してくるなって……唐揚げに失礼の意味が分からねーわ……」
「そのままの意味に決まってるだろう。腹が減って頭が回ってないならお前もひとつ食べたらどうだ」
「圧倒的に説明が足りねえわ唐揚げも数が明らかに足りねえわで本当にどうしようもねーな、この野郎」
「お褒めに預かり光栄だな」
「褒めてねーよ。腹が減って頭が回ってねえのはお前だ、さっさと飯の準備をするぞ」
「了解。お前の飯も多めに盛っておく」
「サンキュ」
延々とくだらない話を繰り広げてしまいそうだったので早々に切り上げて夕食の準備をするように促すと、やつもそれまでの悪態がなりをひそめて手際良く仕度を始める。俺より少しばかり低い位置で揺れる猫っ毛を眺めるのが日常と化してしまっていることが解せないものの決して腹立たしいほどではなく、この光景が願わくば長く続いてくれたらいいと思っている。
「よし」
それから十分と経たず食卓を囲んで「いただきます」の声が重なった。待ち侘びた唐揚げは次々に胃袋の中に消えていき、最後のひとつは公平公正を重視してジャンケンで無事に勝ち取った。
そののち、一時間ほど。
不意にやつが声を上げた。
「なぁ」
「ん?」
「腹が減った」
「今食ったばっかだろ」
──やつの形のいい眉がぐっと寄る。と、同時。胸ぐらを勢い良く掴まれた。不機嫌も顕な表情の奥には隠しきれない飢餓感が浮かんでおり、俺もまた無意識に口角が上がるのを感じた。常日ごろから人にちょっかいを出して揶揄っているやつが不機嫌なさまを隠しもしないのは正直に言うと気分がいい。優越感とでも言うべきか。
やつは少しだけ低めた声で、呟いた。
「もう一度だけ言う、よく聞け。
──……俺は腹が減った。意味は、分かるな」
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