1人が本棚に入れています
本棚に追加
「私と出会った日のこと、覚えとる?」
「…ああ」
「確か、雨が降っとったよね。空は暗くて、びゅうびゅう風が吹いてて」
「そうやったな」
「あの日私は、雨が止むのを待ってた。待ちきれなくてな?無性に走りたい気がしたんや。丘の坂道を下りながら、そう思った。足を動かしたいと思った」
彼女の言葉は弱々しくて、それでいてどこか、明るかった。
あの日は「雨」が降っていた。
雲行きは怪しくて、空はどこまでも灰色で、——何かが、遠ざかっていく気がして。
友達と喧嘩した日。
学校を抜け出して、家に帰ろうとしていた矢先だった。
傘も差さずに空を見上げている女の子がいた。
彼女だった。
「つい最近のことのように感じるわ。もう20年も経つんやな…」
「そうやな」
「あの頃、あんたは泣き虫やったよな?喧嘩は弱いし、すーぐおばさんに泣きつくし」
「昔のことやろ」
「今だってそうやん?」
「は?どこが?」
「この前泣いとったやろ?私の目は誤魔化せんで」
「…気のせいや」
彼女は昔から変わってない。
バカみたいに真っ直ぐで、男みたいにあっさりしてて。
グローブとボールを持ってる女の子なんて、身近にはいなかった。
「プロ野球選手になる!」
なんて、そんな夢みたいな話を、恥ずかしがる様子もなく話す姿は、僕には不思議以外の何物でもなかった。
なれるはずがないと思ったんだ。
それはきっと、誰もがそう思うんじゃないかと思う。
別に変な意味じゃなくて、単純な話。
最初のコメントを投稿しよう!