命を溢した手で桜を捕まえた

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銀髪の寂しそうな少年。 それは、まだ子供だった頃の海斗自身だった。 じっと眺めながら、海斗は息を吐いた。 少年は、人智を超えた能力を持って産まれてきた。 孤独に一人お花見をするような子供だったのも、きっと無意識に他人との間に壁を感じていたからなのだろう。 ただ、花びらと戯れるだけの彼の姿は、哀しかった。 ……しかし。 海斗は知っている。彼はその後の人生で、多くの大切な出会いを経験したのだということを。 (……楽しかったな。) 間違えたことも、悩んだこともあった。辛かったこと、苦しいことも多かった。 でも、いい人生だった。 そう思う。 何より、全てを捨て去っても助けたいと思うような。そんな『相棒』と出会うことができたのだ。 “いま俺が死んだら、これからもっとたくさんの人が死ぬ“ ……何度同じ言葉を、自分の胸に言い聞かせてきたことか。けれど海斗は、その言葉に対して耳を塞いだ。 自分の命も、未来に救えたはずのたくさんの命も。 全てを、無視した。 この行為が、どれだけ過去の自分の在り方を否定するか。全てを承知の上でなお、海斗は『ナミの未来』選んだ。 (だって……生きていて欲しいもんな。何に替えても。) あざらしによく似た宇宙生命体。 あまりにも一緒に苦楽を共にした相棒の、黒曜石のような濡れた黒目を思い出す。つるんと冷ややかな背中を撫でるのは、とても心地がよかった。 いつか一緒にお花見をした時、その背に乗った花びらは軒並み滑り台で遊ぶ子供たちのようにするすると滑り落ちてしまっていて、とても面白かった。 (……ナミ。) 幻に溺れながら、海斗は相棒の名前を呼んだ。 淡い桜色の海の中、綺麗な雪のようなものがキラキラ降ってくる————そんな気がして。海斗は思わず瞬きをした。
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