0人が本棚に入れています
本棚に追加
銀髪の少年が、桜の樹の下に座っていた。
ふいに、彼が宙へ手を差し伸べる。
タイミングよく舞い散った桜の花びらが、ひらひらと煽がれながらゆっくりと落ちてくる。そのうちの三枚が、あやまたずに少年の手のひらの上に収まった。
少年は、綺麗な薄紅色の花びらを、そばに置いていた赤茶碗へポトンと落とした。
そうして、また別の場所へ手を伸ばす。少年の手に、狙ったように花びらが一枚、落ちてきた。まるで予知したように花びらを捕まえ続ける少年。同じやり方でどんどん次を集めているうち、いつの間にかその茶碗の中には、三十枚ほどの花びらが入っていた。
花びら集め。
最高効率でそれを続ける少年を、じっと見つめていた男がいた。
「……やあ、少年。」
存外爽やかな声だった。
少年が薄青の目を瞬かせ、くるりと男の方を振り向く。
男は奇妙な格好をしていた。派手、というべきか。特徴的、というべきか。
鮮やかな青い波の絵が描かれたマントを羽織り、銀縁の丸い眼鏡をかけて笑っている。こんな人物は、少年の人生において未だかつて一度もお目にかかったことがない。
少年は訝しげに目を細めて、「……誰?」とその男に問いかけた。
「俺は『あざらし』だよ。」
「……偽名にしか聞こえない。」
「あだ名なんだ。そんでもって、この名前はとても気に入ってるしな。ま、別に本名なんて、何でもいいじゃないか。」
「そうは……思わないけど。」
「そう思えよ。」
「………。」
あざらし。
海洋生物の名だということはわかる。
しかし男の正体はさっぱりわからない。
学者?俳優?コスプレマン?
ふと、少年の薄青の瞳が、彼の腰の刀に吸い寄せられた。
少年は驚きで目を見開いた。
(これは———)
最初のコメントを投稿しよう!