命を溢した手で桜を捕まえた

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銀髪の少年が、桜の樹の下に座っていた。 ふいに、彼が宙へ手を差し伸べる。 タイミングよく舞い散った桜の花びらが、ひらひらと煽がれながらゆっくりと落ちてくる。そのうちの三枚が、あやまたずに少年の手のひらの上に収まった。 少年は、綺麗な薄紅色の花びらを、そばに置いていた赤茶碗へポトンと落とした。 そうして、また別の場所へ手を伸ばす。少年の手に、狙ったように花びらが一枚、落ちてきた。まるで予知したように花びらを捕まえ続ける少年。同じやり方でどんどん次を集めているうち、いつの間にかその茶碗の中には、三十枚ほどの花びらが入っていた。 花びら集め。 最高効率でそれを続ける少年を、じっと見つめていた男がいた。 「……やあ、少年。」 存外爽やかな声だった。 少年が薄青の目を瞬かせ、くるりと男の方を振り向く。 男は奇妙な格好をしていた。派手、というべきか。特徴的、というべきか。 鮮やかな青い波の絵が描かれたマントを羽織り、銀縁の丸い眼鏡をかけて笑っている。こんな人物は、少年の人生において未だかつて一度もお目にかかったことがない。 少年は訝しげに目を細めて、「……誰?」とその男に問いかけた。 「俺は『あざらし』だよ。」 「……偽名にしか聞こえない。」 「あだ名なんだ。そんでもって、この名前はとても気に入ってるしな。ま、別に本名なんて、何でもいいじゃないか。」 「そうは……思わないけど。」 「そう思えよ。」 「………。」 あざらし。 海洋生物の名だということはわかる。 しかし男の正体はさっぱりわからない。 学者?俳優?コスプレマン? ふと、少年の薄青の瞳が、彼の腰の刀に吸い寄せられた。 少年は驚きで目を見開いた。 (これは———)
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