9人が本棚に入れています
本棚に追加
*
夏休みに入ってから毎日暑い日が続いていた。弟たちの戦いごっこに付き合うのも、とっくに飽きてしまっていた。
やらなきゃいけない宿題も、ほとんど手に付かずに日々を過ごしていた。
そもそも、ドンチャン騒ぎのうるさい家では勉強なんてはかどらない。どこか気の紛れる場所を探そう。
そう思って家を出た昼下がり。
肩には勉強道具の入ったトートバッグを掛けて、キャップを被った。しかし、昼はとっくに過ぎているとは言え、真上から照りつける太陽の熱はジリジリと首元を容赦なく焼き付ける。
日焼け止めは塗って来たけど、そんなもの汗ですぐに落ちてしまうんだろう。だから、ハンカチで首元を拭うことだけは避けた。そんなことをしたら、日焼け止めが取れて肌を丸々さらけ出してしまうことになる。日焼けもヒリヒリもしたくない。
ようやく、公園まで辿り着いた。
休憩をしようと、木陰に座ってトートバッグから持ってきた水筒を取り出した、まさにその時だった。
「ごめん、あたし他に好きな人出来た」
寄りかかった木の真後ろで、いきなりそんな声が聞こえた。こちらからは声の主の顔は見えない。だから、きっとこちらにあたしがいるなんて事も、向こうの誰かは分かっていないんだろうと思う。
なんて場面に出くわしてしまったんだ、あたしは。
飲もうと蓋まで開けた水筒を、あたしはそっと静かに閉じた。一つ一つの動作をゆっくりと。動く音で、そちら側の誰かに気がつかれてはいけない。
なんだか、見えてはいないけれど、見てはいけないものを見てしまっている気分になる。
暑さは一気に吹っ飛んで行ったけど、嫌な冷や汗が止まらない。
「花火は?」
「え?」
「花火、一緒に見る約束してただろ」
「……そ、そんなの、行けないよ。無理。誰か別な子誘って」
「……はぁ? マジ? 無理だろ今日だぞ。なんなんだよ、もっと早く言えよ。だりぃな」
男女、二つの声が聞こえてくるけれど。
おや?
彼女にフラれているはずなのに、なんだか彼氏の反応がおかしい気がするが。
あたしはますます隠れるように体を縮こませて気配を消しつつ、聞き耳を立てた。
最初のコメントを投稿しよう!