「     」上巻

4/12
前へ
/12ページ
次へ
古民家の庭の石に座って、死にたい理由を悶々と考える。でも、途中でしんどくなって、思考を強制ストップする。これ以上考えてたら、目から水が出てきそう。空を見あげ、ゆっくりと、でも確実に前へと進む雲を見つめてぼーっとする。先ほどまで雨が降っていたからか、近くから、水が滴り落ちる音が聞こえる。静かに雲を見あげ、水の音に耳を傾ける。と、ほかにもいろんな音がきこえてきて、心が澄んでいくのを感じる。先ほどまでの、ぐちゃぐちゃした、何とも言えない苦しさがまるで嘘かのように。 ぽーん 古民家の中から響いたピアノの不協和音に、先ほどまで心が凪いでいたのがウソのように、一瞬で現実世界に引き戻されて、またぐちゃぐちゃと絡まりだす。 一瞬で現実に戻された今の心境は最悪。死にたい気持ちがもっと強くなったかもしれない。 ぽーん また次の音が鳴り響く。あ、次は心地よい和音の音色。どんどんと重なっていく音に、だんだんと不気味さを感じ、その不気味さの中に、何か、引かれるものがあることも感じ取る。次第に早く、多くなっていく音に合わせ、僕の足もピアノの音に吸い込まれるよう、音のほうに向かってゆく。 早く、心地よい音と、不気味な音が混ざって織りなされる不思議な音。それを奏でる女の子にも見える、自分とおんなじくらいの年の少年。きっと、13才か、そこらだろう。 ぽん と、最後の一音を丁寧に奏でて、演奏は終了する。あ、まって、ここ人の家じゃん。俺はピアノの音につられ、その古民家に足を踏み入れていた。しかも土足だし。怒られるかな…。 家主と思われる少年のほうを向き、目を合わせる。すごかった、か、勝手に入ってごめんなさい。どちらを先に言おうか迷っていると、俺より先に、向こうが言葉を発する。 「君、誰だい?」 っ、確かにそうだ。先に自己紹介か・・・・。 「えっと、ぼっ、わ、私は、夏樹。勝手に入ってきちゃって、ごめんね?」 少しなれなれしかっただろうかと思うが、自分はコミュニケーションには自信があるほうだ。普段学校では、小説を書いてることも、ネット活動をやってることも、一部の友達にしか明かしていない。どこの軍に属しているか、と聞かれれば、一軍。って答える。でも、基本いろんな人とつるむ。男子とだって仲いいほうだと思うし、二軍、三軍とだって話も合うし、遊びにも行く。学校では、どれだけしんどくても、痛くても、大丈夫大丈夫ってやって、明るく元気な女の子として生きている。悩みなんてなさそうな、生きるの楽しーって思ってそうな。でも、一部の友達とは、どうやってしぬー??とか話してる、相手によって性格も趣味も話し方も接し方も答え方も変えていい印象を残して友達になってる、結構最低な奴。でも、一軍には結構素で接してる気がする。話はもちろん合わせるけど。 さっきから私、「俺」「僕」「私」って第一人称がコロコロ変わってると思う。実を言うと、エブリスタでは、男としてやっている。でも、実際の性別は女。自分でも、気持ちわるって思う。なんでちゃんと女の子できないんだろう、何で「私」って言うの気持ち悪く感じるんだろう。なんで自分の体が気持ち悪く感じるんだろう。なんで同性も好きなんだろう。とか。自分の心における性別が定かじゃないから、その時、すっと出てくる一人称を使う。でも、人前ではちゃんと、 女の子 しとかないとね。さっき、僕って言いかけた。気を付けないと。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加