「     」上巻

9/12
前へ
/12ページ
次へ
そのあと、昨日と同じような会話をして、山の頂上の屋敷で、さよならをした。 そのあとは、もう、静かで、寂しくもある。あんな奴なのに、先ほどまで話していては、もう、普通の不思議な少年である。 思い過ごしかと思おうとしたが、やめておこう。そんなことをすれば、また、自分が苦しくなるだけだ。 信じることなど、しないほうが良い。そんなことを言っていても、物は信じてしまう。その理由として、物は裏切らない。どれ程こちらが裏切ろうが、意思がないものは、裏切りようがないからだ。だが、意思があれば話は変わってくる。意思があれば、裏切れば裏切られ、信じても裏切られる。 人間など、こころがもろく、すぐに壊れてしまうことは明らかだ。何度か裏切られればもう修復できることのない傷になってしまうであろうに、なのに、どうして裏切られても前に進める人間が一定数いるのだろうか。俺には不思議でならない。まぁ、人外である俺には分かりっこないのだろうが…。 そう理由をつけ、強引に考えることをやめる。なんにせよ、俺が普通の人間になれるとこは、到底ない。こんなことを考えている時点で、それはもう、普通ではないのだろう。そんなことをグダグダと考えていると、不意に、ぱっ、と、脳裏に彼の顔が浮かぶ。どうして今、彼の顔を思い出したのか。それは、きっと、彼も人外であるからだろう。こんなところにきて、調律も何もされていないピアノを弾いて満足して帰る。そもそも、こんな自分と話が合うとこからおかしい。きっと、彼もまた、人外であるのだろう。そう、思うことにしよう。  でなければ、面白くない。 でも、もし、普通に笑っただけなら、ありがとう。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加