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一章:出会い
入学式、誰も知らないこの空間では、味方がいない。
人見知りのひどい私は、なかなかこの空気になじめず、震えるこぶしを膝の上でぎゅっと握りしめていた。
私立日向学院高等学校は、中学も大学もついていない、独立した高等学校である。
この地域には珍しい形態で、それに惹かれて入学した。
私の名は天城百合。中学校三年間を何となく過ごしてきたthe地味女子。
国語と英語の学力を生かして、高偏差値を誇るこの高校に入学した。
……が、数学の成績は最下層。足切りぎりぎりをすり抜けた。
なので、周りは基本的に私よりも頭のいい人ばかり。
緊張しないわけがないだろう。
呼名され、そつなく返事をこなし、下を向いたまま退場する。
保護者の目に、私は不審に映っただろうけど、私の母はいないので問題ない。
いたとして、私に興味を持つはずがないが。
教室に連れられ、出席番号順の席に座る。
黒板には入学おめでとうの文字が踊り、担任と思われる先生が挨拶をする声が響く。私はどこか上の空で、それを聞いていた。周りの子の顔を見て、この人たちの中で、自分はうまくやれるのかな、なんて思いながら。
先生がプリントを配り始めた時、私の意識は覚醒した。
はっと息をのみ、前の席に座る子からそれを受け取る。
第一印象が大切だと、小説から学んできた。今こそその知識を生かすとき。
そう思って、私は自分にできる全力の笑顔で後ろを振り返った。
「はい!」
「………」
私の後ろの席に座った男子は、無言でプリントの束をひったくった。
引っ張られた際、ぴっと手に赤く血がにじむ。
痛いな…と思いつつ、私は前に向き直った。
正直、信じられないという気持ちが大きい。こんなに人に対して誠意のない人は初めて見た。ムカムカしながらプリントに目を通していると、トントンと肩をたたかれる。
「なあ。お前、手ぇ切った?」
「え?」
話しかけてきたのは、第一印象が最悪な先ほどの男子。
ネームプレートに【花森】とある。
花森か、よし、覚えた。
「はい、切りましたけど。何か?」
あくまで事務的に、冷たい感じで私は返す。
「ごめん」
彼は真顔で言った。
「え?」
一瞬その言葉を理解できず、脳が思考を停止した。何かの間違いだろうか。
私には、彼が人に謝罪をする人間だとは思えなかった。
そのまま彼…もとい花森は、私の手を取り、いつの間に取り出したのか、ハンカチで軽く血をぬぐった。ぽかんをしたまま、一部始終を見届けた私は、第一声。
「あ、りがとうございます」
敬語で感謝を告げた。花森は「うん」とだけ言う。
こんなにも事務的で、こんなにも誠意がない。
正直、彼に対しての感情は良くないもののほうが多いと思う。
だけど、自分では絶対に取らないその態度も、服装も、言葉も、すべてが新鮮で仕方なかった。興味を惹かれてしまったのだ。
桜がひらひらりと舞い散る中、皆が保護者と写真を撮る。
その中を突っ切って入学式の看板から遠ざかる。
私の胸にはもう、複雑な感情はなくなっていた。
今あるのは、自分とは正反対なクラスメートへの、ほんの小さな興味だけ。
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