深藍

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 目を覚ますともう夕方で、また世界が青くなりそうだった。クーラーを付けて寝たはずなのに全身から汗をかいていて心底気持ちが悪い。体は鉛のように重く、睡眠を取れた気はしなかった。  とりあえずシャワーを浴びて嫌なねばっこさを持った夢を洗い流すが、こびりついたそれはそう簡単には取れない。彼女がいないことに安心しているのか、戸惑っているのか自分でも自分の想いを測りかねていた。風呂場から出る直前に鏡写った自分の顔は彼女の言う通り可哀想だった。  ひとり暮らしの部屋は相変わらず殺風景で、頭にタオルを被せたまま部屋へ戻ると隣の部屋の住人が何やら騒いでいる声が微かに聞こえた。カップルで住んでいるらしいが、よく訪問者が来て深夜まで酒盛りをしているような声が聞こえる。  いつもなら気にならないはずなのに、今日はその音がとても煩く聞こえて、思わず壁を殴った。そんな俺の小さな主張なんか聞こえなかったのか聞こえないふりをされたのか、その別世界の音は俺の頭の中をまだガンガン揺さぶっている。  テーブルに目をやると、昨日あの男からもらったショップカードが嫌でも視界に入った。今朝の俺はこのショップカードを捨てなかったらしい。  夜が始まった。青色が広がる世界の中で、信号機の赤が眩しくて、痛くて顔を背けた。  俺が住んでいる海辺の町は大きな商業施設も何もない穏やかな田舎で、夜になると出歩いている人の数はぐっと減る。仕事帰りの時間だからか車の通りはまだ多く信号機はかろうじて役割を果たしているが、ポツリポツリとある外灯は一体誰のために灯っているのだろうか。  ショップカードにはちゃんと住所が書いてあって、昨日いた海辺からそう遠くはなかった。そこに行くまで仕事帰りであろうスーツの男性一人とはすれ違ったが、やっぱり他に歩いている人はいない。誰も通らないこの道でその先に待っている物の得体が知れなさすぎて、何回か帰ることを検討したが、一人であの騒音に耐えられる気がしなくてだらだらと歩みを進めた。  あの男が言ったamanecerは二階立ての建物の地下あった。その建物の一階二階は飲食店が入っていたので変な場所でもないだろうと思い、俺はもう迷うこともなくあの男が待つらしい場所へ階段を降りていった。  階段を降りた先には扉しか無く、その扉に小さくamanecerと書かれた看板が掛かっている。看板と言っても、百円ショップで三百円くらいで売っているような小さなホワイトボードくらいの大きさの板なので、客を呼び寄せるようなものではない。ただ、ここがamanecerであることは間違いないので、俺は一度階段の上を見上げてみてから、そっと扉を開けた。
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