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「嘘……僕が、オメガ……?」
担任の先生から手渡された用紙はバース性検査の結果で、そこにははっきりと『Ω』と記されている。
教室の廊下側。前から三番目の席に座ったまま、目の前がブラックアウトしたような錯覚に見舞われた。この世にたった一人、暗闇に放り込まれたように、自分の周りの世界が消え去る。体の全ての機能が停止し、何も考えられなくなってしまった。平穏だった日々に、終止符が打たれた瞬間でもあった。
この世界には男女の性別とは別に第二次性が存在しており、十歳で全員がその検査を受ける。時田伊央は当時ベータだと診断されていた。
しかし子供の頃の第二次性は不安定で、稀に成長と共に突然変異を起こす人がいる。なので高校入学時に、必ず二回目のバース性検査を受けるのが義務付けられていた。
“稀”とはいえ、その割合三百人に一人という、言わば伊央の通う高校の各学年に一人いるか否か……の確率で突然変異が起こり得る。そして伊央は、見事この三百人の一人に選ばれたようなものだった。
「いやいや、全く嬉しくないし……」
我に返ると頭をふり、急いで検査結果の用紙を封筒に戻すと学生鞄の奥まで突っ込んだ。
ふと同じクラスの幼馴染である天海叶翔に視線を向ける。彼はどうやら変わらずアルファと診断を受けたらしい。いつも通りの笑顔から、それが垣間見れた。
叶翔はまさに絵に描いたようなアルファである。容姿端麗、文武両道、そして社交的で常に人に囲まれて過ごしているような奴だ。
そんな叶翔に、最近彼女が出来たと噂で聞いた。直接は教えてもらっていない。幼馴染とはいえ、叶翔にとって伊央はその程度の存在なのだろう。
密かに想いを寄せているのは、もちろん本人には内緒だが、子供の頃から叶翔への恋情を拗らせてきた伊央は、彼女が出来たことすら話してもらえないことに相当なショックを受けていた。
それでも一緒に課題をこなしたり、どちらかの家に泊まって夜通しゲームをして過ごしたり、楽しい毎日を過ごしている。だから片思いを拗らせつつも、友達という関係を続けて来られたのだ。
しかし自分がオメガになってしまえば話は別。これまでのようにはいられないことくらい、ベータだった伊央にも察しはつく。
当たり前の日常が変わる。それがどれだけ伊央にとって辛い日々になるかなど、本人以外の誰にも分からないだろう。
無性に腹が立った。叶翔は今日も当たり前に友達に囲まれている。伊央はもういられないその場所に、今日も他のベータは当然のように居座っている。
誰にもぶつけられない感情をどうにか抑え、伊央は教室を出た。
「バイバイ、叶翔」
零れ落ちた言葉は、誰の耳にも入ることなく消えていった。どうせベータでもオメガでも、叶うことのない恋だったのだ。神様が諦めろと言っているのだろう。それでも、こんな形で強制的に諦めさせなくてもいいじゃないかと、神様さえも妬ましく思った。
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