利害が一致したクラスメイトと契約番になりましたが、好きなアルファが忘れられません。

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 学校を飛び出し一人になると、ようやく少し息が吸えた。その足で病院へと向かう。総合病院のオメガ専用病棟へと早足で移動する。『オメガ専用』と言うのが妙な特別感を醸し出していて気に障る。普通の人が行く場所ではないと突きつけられた気持ちになってしまうのは伊央だけだろうか。平然を装って歩いているが、緊張して表情は固まっている。  長い廊下をひたすら東へ進むと、別棟の入り口が見えた。そこには【Ω専用】の札が、ドアのガラスに貼られていた。 (誰にも見つかっていませんように)  コッソリと辺りを見渡し、中に入る。そこで再び受付を済ませると、次回からは直接ここへ来てくれと説明された。病院の正面からではなく、東側に回ればオメガ専用の出入り口があるとのことだった。 『オメガ』という言葉を聞くたび、チクリと胸が痛んだ。自覚症状もない、なんなら毎日アルファである叶翔と一緒にいる。それでもアルファのフェロモンに当てられるようなことは一度もなかった。  診察室の前で待っている間もソワソワと落ち着かず、辺りを見渡してしまう。地元の人たちは伊央をベータだと思っている。突然変異でオメガになったなど、なるべくならバレたくはない。  伊央自身がまだ、受け入れられていないのだから。 「突然変異でオメガになったんですね?」  医者は診断書を見て淡々と話す。 「そう……みたいです」 「まだ認めたくはないだろうけど、発情期がくれば嫌でもオメガだと思い知らされる。これは意地悪で言ってるんじゃない。世間的には稀な現象だというが、実際ここで仕事をしていると普通にいるもんだよ。しかし突然変異の人に限って甘んじている傾向にある。自分がベータやアルファだと言い張り、抑制剤を飲まずに過ごす人もいる」  医者は伊央に渾渾(こんこん)と言って聞かせた。オメガの辛さを目の当たりにしてきたからこそ、これからガラリと変わる生活から目を逸らせてはいけないと説得された。  伊央は今までオメガの発情期には無縁だった。そんな人間が突然その辛さを経験する。最初からオメガだった人とは心構えも何もかもが違っている。その落差に精神を病む人もいると先生は説明していく。 「いきなりあれこれ言われても頭に入らないだろうから、今日はこの辺にしておくけど、本当に油断しないでね。発情期の周期もしばらくは安定しないから。でも今は抑制剤も凄く良くなっているし、副作用も殆どないものだってある。薬さえ合えば、ベータの頃と同じ……とは言わないが、カナリ楽に過ごせるようになるからね。軽い薬から始めよう。それで調子が悪くなったり、効きが悪いと感じたらまた報告してくれ」  一方的に医者からの説明を受けた伊央は三ヶ月後にもう一度、もしそれまでに発情期が来た場合はそのあと直ぐに病院に来るよう言われ、診察室を後にした。 「はぁ……不安しかないな」  オーバーなくらい大きなため息をつくと、薬をもらって家路に着く。  早く一人で部屋に篭りたい。そんな気持ちで途中走りながら帰ったのに、玄関の前に誰かが立っているのに気付いてしまった。 「叶翔……?」  心臓がドクンと大きく跳ねる。今、一番会いたくない人物ではないか。  どうやら叶翔はまだ伊央に気付いていない。反射的に踵を返し、正反対の方向へと進む。 「今日は遊ぶ約束なんてしてないのに。なんでいるんだ」  好きな人の匂いを嗅いでヒートを起こしたなんて話は、しょっちゅう耳にする。伊央がそれをする可能性は十分に有り得るのだ。  オメガになったと知られてしまえば、軽蔑されるかもしれない。近寄るなと言われるかもしれない。何にせよ、伊央がもう叶翔の近くにいることは許されない。  オメガのフェロモンを嗅いだアルファは自我を失うという。間違いでも起こせば大変なのは伊央だけではない。叶翔の人生をも変えてしまうということになる。 「せめて、自分に合う抑制剤が見つかるまではダメだ」  そう自分に言い聞かせ、家から離れたコーヒーショップでホットラテを飲みながら時間を潰すしかなかった。  鳴り続けるスマホの画面映し出される『叶翔』の文字。声が聞きたい。本当は話を聞いてほしい。もしかすると彼なら「それでも幼馴染なのか変わらない」と笑い飛ばしてくれるかもしれない。  震える指を通話ボタンに近づけるが、既のところでスマホをテーブルに押しつけた。 「ダメだ。甘えるな。もう高校生なんだから、自分で解決しなくちゃ」  叶翔に迷惑をかけられない。  鳴り続ける着信を、無視することしか出来ない伊央だった。
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