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恐怖!! 男の娘メイドとご主人様が「××のはらわ×」を探す話
長旅に必要なものはと聞かれたら、やはり「休憩」に他ならない。
金持ち男の燈次は運転手つきの車で遠出をしていたが、道中の山に茶屋があったので、休むことにした。
運転手は少しナビをいじってから行く、とのことだ。彼を待つ選択肢もあるが、ひとりで集中したいそうなので、燈次たちは彼の厚意に甘えて先に店内に入っていった。
「燈次さま、見て。外から見たときより中が広いっ」
男の娘メイドの秋斗は、ぴょんぴょんと跳ねるように歩きまわる。エプロンを結ぶリボンや、長い髪が愛らしく揺れる。燈次は目を細めた。
「こらこら。危ないぞ」
「平気だし。あ、食べるとこもあるよ」
「この店はそうめんが一押しなのか」
「まだ3月なのに、早くない?」
燈次は人差し指をぴんと立て、得意げに言った。
「そうめんに、変わった別名があるのを知っているか?」
「えっ、何なに?」
「……何だっけ。忘れた」
「頭いい燈次さまでも、忘れることあるんだね」
「そうめん、食べるか?」
「お昼食べたばっかだから、いらなーいっ」
秋斗はその場でくるくると回転する。すると、秋斗の手がそばの壺にぶつかった。
「秋斗!」
燈次は秋斗を心配しつつ、壺を手で支えた。幸い、壺は落ちなかった。
しかし――。
「呪いだああ!」
突然、店内を震わせるような声が聞こえた。見ると、50代くらいの男性が、目をカッと開いてこちらを見ている。
燈次は怪訝な表情で尋ねる。
「呪い?」
「その壺に触ると恐ろしいことが起こるのだ」
「幽霊にでも取りつかれるか」
幽霊、と燈次が口にすると、秋斗はか細い悲鳴を上げた。
「おばけ、やだ!」
男性は喉を震わせながら言う。
「呪いを解くためにはあるものを手に入れなければならない」
燈次は肩をすくめる。
「と言うと」
「わたしの口からは言えぬ」
「はあ」
「だがこの山の中にその名を記してある。1文字ずつバラバラに、看板に記載してある。7か所を巡り、文字を集めるのだ。そうすればお前たちに幸福が訪れる」
そう言って男は地図を渡してきた。ご丁寧に、どこに看板があるか、と明確に記してある。
秋斗は燈次に掴まりながら、こわごわと地図を覗きこむ。燈次は少し冷めたような態度だ。
「ずいぶん用意がいいな。まるで……」
レクリエーション。そう言おうとして、燈次は黙った。
幽霊とか、呪いとか、そういった非科学的な存在を燈次は信じていない。だから壺の呪いも、地図も、男のジョークに過ぎないと考えていた。
きっとこの男、近所に住むイベント好きの人なんだろう。
秋斗は燈次の服をぎゅっと掴んでいるが、目は窓の外の山道に釘づけだ。きっと行きたいに違いない。
運転手に事情を説明したら「自分はここでのんびりしたいので、ふたりで楽しんできてくださいね」と言われた。彼は何マイルも運転した後なので、じっくり休憩してほしい。
「じゃあ秋斗、ふたりで回ってきてみようか?」
秋斗は小さなあごをコクン、と上下させた。
ひとつ目の看板は、山中を流れる小川のそばにあった。夜になると星が水面に映って綺麗なのだという。
小川の傍にあった看板の文字は「の」だった。
ふたつ目の看板は、細長い木の下にあった。
看板の文字は「は」だった。
3つ目は大きな岩のそばにあった。なんとなく尖っていて、よく見れば星にも似た形の岩だった。
そこに書かれた文字は「ら」だった。
「の、は、ら……?」
秋斗の小さな唇が、集めた文字を順番に口にする。燈次はあごに手を当てて考えこむ。
「野原、だろうか。草が一面に生えた場所のこと。もしくは、有名な家族アニメに出てくる一家の苗字……」
「クレヨンしんちゃん?」
「それともその前に別の言葉が来るのだろうか。××の腹、という具合に」
「誰かのお腹?」
「まだ3文字だからな。他に4文字あるそうだし。その後で考えてもよさそうだ」
秋斗は燈次の腕に絡みつき、猫撫で声を出す。
「なんか、歩いてたらちょっとお腹空いてきた」
「さっきの茶屋に戻るか?」
「あそこやだ。変な壺あるもん」
秋斗はぎゅうっと燈次の腕を抱きしめる。伏せたまつ毛が愛らしく、燈次は思わず目を細める。
「そうだな。壺、怖いもんな」
秋斗は潤んだ瞳を燈次に向け、まつ毛をパチパチさせる。少しあざとい仕草がまた可愛いらしい。燈次は秋斗のぷくっと膨らんだ頬をつつく。
ふと、木々の隙間から光が覗いた。
何かの感覚が、燈次の肌を刺激する。
視線。誰かに見られている。
燈次は秋斗を抱きしめ、目をこらす。秋斗が消えそうな声で囁く。
「何か、いた……?」
「いや、気のせいだ」
見つけたはずの眼光は姿を消してしまった。しかし、まだ気配がある。
動物だろうか。いや、違う。
あの視線からは強い意志を感じた。何かを訴えかける威圧感があった。ああいった目をするのは高度な知性を持った存在に違いない。とすれば人間。
あるいは……。
燈次は秋斗の肩を抱きよせる。
「燈次さま?」
「何でもない。俺の考えすぎだ」
燈次はニコリと微笑んだ。秋斗は彼の肩にぐりぐりとおでこを押しつける。甘え上手な男の娘メイドを、燈次は優しく撫でた。
何でもない。これはただの、お茶目なレクリエーションだ。
そう考えることにした。
先ほどまではうららかな天候だった。しかし段々と、雲行きが怪しくなってきた。
進むか、戻るか。
そう考えながら歩いていると、看板をふたつ見つけた。
ひとつは「わ」。もうひとつは「た」。
「……の……は、ら、わ、た」
燈次がボソッと口にすると、秋斗は悲鳴を上げた。
「は、はらわた?」
「そう繋げるのが自然だな」
「はらわたって、ホラーで出てくるやつだよね。お化け? やっぱりお化けいるの? やだ怖い!」
秋斗は燈次にギュッと抱きついた。大きな瞳には薄っすらと涙の粒が浮かんでいる。
「残り文字数は2文字。××のはらわた、という形になる気がするな」
「誰のはらわた、なの」
「キミのはらわた、とかだったら、俺たちが生贄になりそうだな……」
「お化けの生贄、いやあああーっ!」
秋斗は首をブンブン振って抵抗する。燈次は余計なことを言ったな、と思った。
するとまた――強い視線を感じた。
「誰だ!」
燈次が吠えると、笑い声に似た音が返ってきた。
そして木の陰から、先ほどの茶屋にいた男が出てきた。
燈次は秋斗の肩を抱き、男を睨みつける。
「俺たちのはらわたを取りにきたか?」
「そう思うかね」
「その手に持った弓は?」
「その答えは、キミたち自身の恐怖心に尋ねてみるといい」
男の口元が不気味に歪んだ。弓を持った手をゆらりと持ちあげる。
攻撃してくる気か。
燈次は秋斗を背中に隠す。そして飛びかかろうと、軸足に力を入れる。
だが爪先が木の根に引っかかり、バランスを崩した。その間にも男は弓を高々と掲げている。
やられる――!
そう思った瞬間。
燈次の背後から秋斗がひらりと飛びだした。メイド服のスカートや、背中側で結んだエプロンのリボンを軽やかに揺らし、男に近づく。そして、しなやかな脚で弓を蹴りあげた。
パキッ!
音を立て、弓は男の手から離れた。秋斗は花びらのように華麗に舞いおりる。
「お化けは怖いから嫌だけど、人間相手なら怖くないもん。だって……喧嘩って楽しいじゃん♪」
秋斗の瞳が好戦的に輝いた。
男は歯を見せて笑った。
……と思ったらすぐに表情を崩し、思いきりうろたえた。
「うわああ! 経費で買った弓が折れた。どうしよおお!」
燈次はぽかんと口を開けた。
「経費?」
「どうしてくれるんだ。今からミニゲームで使うはずだったのに」
「ミニゲーム?」
男は尻もちをつき、半べそをかいて、ある一点を指さした。
「あそこに、板を使って作った的があるだろう。そこに矢を当てられたら豪華賞品プレゼント。そういう企画だったんだ!」
示された方向を見ると、板の中心に円が描かれている。
燈次は肩を落とした。
「やはりこれはレクリエーションだったか。はらわた、なんて言うから心配した」
燈次は安堵してその場に座りこむ。お腹がぐう、と鳴った。歩きまわったせいですっかり空腹だ。
さっさとこのくだりを終わらせて、茶屋に戻って腹ごしらえがしたい。
あの茶屋に何があったっけ。ああそういえば、そうめんが……。
そう考えたとき、燈次の脳内に何かがよぎった。
宙を見つめて黙る燈次の横で、秋斗はぷくっと頬を膨らませる。
「何かつまんない。このおじさんと喧嘩しても面白くなさそう。結局、何だったの。はらわたって何の話なの」
「残りの看板を見れば分かるだろうな」
「もう飽きた。次の看板、遠いし」
「俺も看板探しはやめた。だって、答えはもう分かったから」
「え?」
燈次は男のそばに行き、男が落とした矢を取った。矢は、先端に吸盤がついたおもちゃだった。
燈次は足を大きく開き、矢を構える。
「的に当てたら豪華賞品と言ったな。期待させてもらおうか」
「え?」
「俺の希望は……「鬼のはらわた」の無料券だ!」
燈次は腕を振り、矢を放った。矢は風を切って前進し、的のど真ん中に命中した。燈次の空間把握能力が勝利した瞬間だった。
秋斗は目をぱちくりさせた。何が起こったのか分からないらしい。
だが、秋斗にはもっと分からないことがあるようだ。
「鬼のはらわた……って、何の話?」
茶屋に戻り、席に着く。落ちついたところで、燈次が説明を始める。
彼の告げた事実に、秋斗は驚いて声を上げた。
「つまり……。そうめんの別名が、「鬼のはらわた」だったってこと?」
秋斗が勢いよく立ちあがったので、机の上のお椀がぐらりと揺れた。
燈次は自分の分のお椀を手で押さえる。中のそうめんはこぼれていない。
「前に本で読んだんだ。そうめんの変わった異名のことを。さっきまですっかり忘れていたがな」
「燈次さま、すごぉい!」
「何故そんな名前で呼ばれたかは知らないけどな」
燈次は鼻の下をこする。しかし秋斗は目をうっとりとさせ、燈次の肩に頭を乗せる。
「……古代中国の伝承ですよ」
男が口を挟んだ。この男とは、さっき弓を折られて半べそかいた奴である。ちなみに弓は弁償した。一応、壊したことに変わりはないから。
男はンン、と咳払いをし、続きを話そうとする。
燈次は真面目な顔でうなずく。
「詳しく」
「古代中国で、ある子どもが死後成仏できず、鬼となった。そして人々に災いを振りまいた。だが、その子の好物をお供えしたら、町に平穏が戻った」
「その好物がそうめんだった?」
「いや、お菓子だ。そうめんは、そのお菓子が元になって生まれた食べ物だ」
「なるほど。子どもがなってしまったものが「鬼」。そして「はらわた」のほうは、そうめんの元となったお菓子の見た目。……というわけか?」
「複雑だが、そういうことだ」
ふうん……と小さく言ってから、燈次は手を上げ、店員に告げた。
「すまんが、そうめんをもう1杯」
「今さっき替え玉を頼んだばかりですよね」
「ああ、だからその1杯は……その伝承の子どものために」
そうめんが出されると、燈次は目を閉じた。
その後で、そうめんを人数分に分けてみんなで食べた。
燈次の専属運転手の男も、途中から一緒に食べた。彼はこの茶屋でゆっくり休み、元気を取りもどしたらしい。運転手は笑顔で言った。
「おふたりの散歩中、私もそうめんをたくさん食べたんですよ。本当においしいですね、これ」
「夏にまた食べに来たいな」
燈次は運転手に行った後、秋斗にも目を向けた。秋斗は燈次の腕に絡みつく。
「暑くなっても、ギュッてしてくれる?」
「もちろんさ」
燈次が抱きしめかえすと、秋斗はキャッキャと声を上げた。
茶屋を出ると、菜の花を見つけた。春だな、と思って空を見上げる。すると、立体的な雲が浮かんでいた。夏までの距離は遠くない。
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