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終焉を届ける者
「_椿生さん!良い加減起きて下さい!」
脳華事件から暫く経過し、季節は秋を迎えていた。未だ少し暑い日々が続いているが、溶けそうな程の日差しは無くなった。
二人の関係は上司と部下と云うよりも、兄弟の様な関係になっていた。水無月自身敬語は抜けていないが、”椿生”と名で呼ぶようになった。
昼に成っても中々起きない伏見を起こしに来たのだが、普段から鍵が掛かっている為に中には入れず、扉を何度かノックしては呼び掛けると鍵が開きゆっくりと扉から不機嫌そうな伏見が顔を覗かせた。
「…五月蝿い。」
「椿生さんが起きないからでしょう!幾ら依頼が入って無いからって寝過ぎですよ。」
今日は依頼が入っておらずゆっくり休ませたいとは考えていたが、三食きちんと摂らせる冪だと考えた。伏見は出会った頃に比べて少し痩せていた。三食きちんと食べていたのだが、能力を使うと負担が大きい所為か嘔吐する事も多々有った。なるべく能力を使わせたく無いのだが、依頼を断る訳にもいかず徐々に弱っていくのを感じている。
未だ寝ぼけている伏見の背を押し洗面所へと連れて行くと、水無月は居間へと先に戻りテレビを点けた。
流れていたニュースは、スノードロップを持って亡くなっている遺体が発見された事件に関する物で、数年前にも酷似した遺体が発見されていた様だ。
確かスノードロップの花はイギリスでは死をもたらすという伝説が有るらしい。花言葉の中には”貴方の死を望みます”と云う意味も有った筈だ。
『巷では安楽死を行なっている者が存在するとされており_』
キャスターの声は途中で途切れ、何かと思えば伏見が番組を変えたらしい。何処か不機嫌そうな伏見は冷蔵庫から御茶のペットボトルを取り出せば椅子に座った。
「あの、今のニュース…。」
「噂じゃなくて真実だよ。私は其の犯人を知っている。」
「え、そうなんですか?」
「けど、君には教えないし会わせないよ。絶対に君には会わせたくない。」
「其れは、恐ろしい人間だからですか…?」
「其れも有るけれど、私が彼の人の事が嫌いなんだ。」
そう言っては伏見はテーブルに置かれたサンドイッチを頬張った。気になるが此れ以上聞く事は出来無いと考え水無月も昼食を食べ始めた。
昼食を食べ終え、伏見は用事が出来たと何処かに出掛けて行った。一人残った水無月はスーパーに行って買い物をしようと伏見にメッセージを入れては外へ出た。
*
「う~ん、夕飯如何しようかな…。」
カートを押しながら今日の夕飯は如何しようかと悩んでいた水無月。幾ら伏見が食費等気にしなくて良いと言っていても、比較的安い物を探しては購入して節約している。
「そう言えば、珈琲が無くなりそうだった筈…。」
伏見が飲んでいる珈琲が無くなりそうに成っている事を思い出し、珈琲コーナーに向かうと、其処には高身長で派手な服装をした女が首を傾げて立っていた。
「如何かしたんですか?」
「ん~?嗚呼、知人に頼まれて来たのだが何れが良いか分からなくてなぁ。知人に連絡しても出なくて困っているのだ。」
女にしては低めの声をしており、良く見ると吸い込まれそうな漆黒の瞳をしておりめが奪われた。
「此の珈琲、御勧めですよ。」
女に紹介したのは伏見が何時も飲んでいる珈琲だ。自分自身其処迄珈琲を飲む訳ではないが飲み易い印象が有る。普通の物より高いのだが。
「へえ、なら此の珈琲にしようかぁ。妾には珈琲の良さと云うのは分からんが、御勧めなのならば美味しいのだろう。」
「勧めておいてなんですけど、良いんですか?」
「良い良い。有難う少年。」
手をひらひらと振りながら去って行ってしまった女からは、微かに香水の匂いがしたのだが、其の匂いは何処かで嗅いだ事が有った。
「…此の匂い何処かで…。其れに誰かに似てる気がするけど…、誰だろ。」
女の顔は何処かで見覚えが有ったが思い出せない。派手な女は記憶に残りそうなものなのだが思い出せず首を傾げながら買い物を続けた。
会計を終え事務所へ帰ると、未だ伏見は戻ってなかった。荷物を片付けながら先程の女を何処で見たか考えていると、ふとあの写真の存在を思い出した。
奥に仕舞っていた写真を取り出しては巳勒と云う女の方を見ると、あの派手な女と似ていた。写真に写る巳勒はあの派手な女と同じ漆黒の瞳をしている。
「真逆、あの人が巳勒さん…?」
五年前と全く真逆の格好をしている巳勒に本当に同一人物か理解出来なかったが、香ったあの匂いはヘアオイルの匂いと同じだと気付いた。
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