脳華事件

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「〈脳華事件〉の依頼が入ったのは本当か!」  入って来たのはスーツを着崩した男で、急いで来た為か額や首には汗が滲んでいる。そんな男を呼び出した伏見は呑気に欠伸をしている。 「聞いているのか椿生!」 「そんな大きな声を出さずと聞こえているよ。紹介しよう水無月君。此奴は鈴村篤十(あつと)と云って、元刑事で今は探偵として働きながら〈カーニヴァル〉が関わる事件を調査している。」 「み、水無月藤真です。」  水無月が自身の名を言うと、矢張り調査しているだけあって水無月が被害者の遺族だと気付き「此の度は御愁傷様です」と頭を下げた。 「其れで俺を呼んだ理由は。」 「発見現場に行きたいのだよ。」 「…御前、車は何処行った。」 「現在、愛車は貸出し中なのだよ。」 「修理屋にか?」  鈴村の発言を聞くに、伏見は余り運転が得意では無いらしい。其の上、今日の炎天下に運転する気にもなれない様だった。  呆れた様に溜息を吐くと仕方が無く自分が運転すると歩き出した後を付いて事務所を出た。 「先ずは自宅へ行きたいのだけれど構わないだろうか?」 「は、はい。」  現場では無く、始めに自宅へ行きたいと頼まれた水無月は自宅迄の道を案内する事になった。  二十分程車を走らせると、水無月の自宅が見えてきた。自宅に入ると線香の匂いが漂っているだけで、母は出掛けている様だった。  二階に有る真冬の部屋は掃除をした道具は其の儘になっている。可愛らしい白とピンクの部屋には、小物やぬいぐるみ等が綺麗に整頓されている。 「何か手掛かりになる様な物は見付かったかい?」 「いえ、そう云う物は何も。」 「そう。其れでは御姉さんについて教えてくれるかい?交流関係とか、どんな人物だったか。」 「姉は何処にでも居る様な人でしたよ。明るくて元気で優しい、そんな姉でした。」 「ほう。仲は良かったのかな?」 「まあ良い方だと思いますけど…。ただ、友人関係については詳しく知りません。」 「其れは何故だ?」  部屋に入ってから何も喋らなかった鈴村は棚に置かれていた小物を手に取りながら不思議そうに首を傾げていた。 「姉は…、友人関係について余り好んで話さなかったんです。苛められていたとか友人が居なかった訳では無いようで、葬儀の時には大勢の友人や職場の人が来てくれて…。」  葬儀に来ていた友人達は学生時代の写真を持って来たのだ。其の写真には楽しそうに笑う真冬の姿が映っていた。そんな写真を見ると何か問題が有ったとは思えない。其の上、卒業した後も何度か会っていたらしい。其れなのに真冬が何も語ろうとしなかったのは何故だろうか。 「其れは不思議だねぇ。篤十に少し調べて貰おうかな。」 「了解だ。然し、友人関係を調べて犯人に検討が付くか?」 「さぁ?だが、調べて損は無いだろうね。さて次は現場へと向かおう。」  自宅を出て次は身体が発見された現場へと向かった。自宅から車で三十分程の距離に現場は有り、廃屋の庭は未だ封鎖されているが警備されている訳では無いので簡単に入る事が出来る。 「此処が身体の発見現場だね。随分と古びた廃屋だ。」  廃屋は今にも崩れそうな程古びており、手入れ等されていないので雑草は茂っている上にゴミが散乱している。心霊スポットとして有名らしく、肝試しに来た大学生が真冬の身体を発見した。此処で殺害された訳では無く、死体を此処に捨てたのだ。 「頭部は此処から一キロ離れた公園だったね。…此の場所で殺害された訳では無いからなぁ…。」  そう言いつつ、転がる石ころに触れると黙り込んでしまった伏見に水無月は声をかけようとしたが鈴村に止められた。 「今、声を聞く為に集中してるから声を掛けるな。」 「聞く為に、ですか?」 「そうだ。現場に残った痕跡が声を聞く為の鍵になるんだ。まあ、現場に行けば嫌でも声が聞こえるんだが、より鮮明に聞くには死者の血液や髪の毛等の死者の欠片が必要なんだろうな。」  望まぬとも死者の声が聞こえてしまう伏見はどんな気持ちで其の声を聞いているのだろうか。想像するだけで嫌気が差す。自分が伏見の立場ならば、そんな恐ろしい能力を捨てたくて仕方が無いだろう。苦痛過ぎて死を望むかもしれない。 「…(さて)と、次は頭部が発見された公園へと向かおう。」 「あの、顔色が悪い様ですが…、大丈夫ですか?」  伏見の顔色は明らかに悪い。白い肌はより青白く、眉間に皺を寄せては気持ち悪そうに口元に手を添えているではないか。 「嗚呼、何時もの事だから気にしないでおくれ。早く行こう。」  平気そうに手を振り歩き出した伏見に不安を抱きながらも車に乗り込んだ。頭部が発見された公園へと向かった。公園と云うのに人は居らず、立ち入り禁止の黄色いテープで封鎖されていた。出入り口には一人の男が立っており、此方を見ると背筋を伸ばし敬礼した。
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