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「伏見さん!?」
痛みに顔を歪ませる伏見はゆっくり立ち上がると、心配を他所に何も言わず出て行ってしまった。慌てて追い掛けると伏見は車の横で崩れ落ちていた。
「如何した、椿生!」
「…、声、聞こえたんだよ…。」
「声だと…?」
「少し、声が聞こえて鋭い痛みに襲われた。…帰って声を聞いてみる。」
「そんな状態でやらせる訳にはいきませんよ。」
只でさえ本調子では無い癖に、今の状態で声を聞くのは身体には酷な行為だろう。寿命が縮むと知っていてやらせる訳にはいかない。
「…水無月君の言う通りだ。今じゃなくても良いだろ。」
「声が聞こえ辛く成って仕舞うだろう。…今日聞いたら暫くは休むよ。其れで許しておくれ。」
今日声を聞けば暫くは休むと云う条件を守らせれば伏見の身体への負担も少しは和らぐだろう。其の条件を守るかは分からないが。
「…約束ですよ。」
「約束は守るよ。」
伏見の条件を飲み、早々に事務所へと戻ると伏見は声を聞く為に水槽の部屋へと向かった。其の間に浴槽に御湯をを張り、簡単に食べれる夕飯を作る事にした。暫く経過すると声を聞き終えた伏見が大きな物音を立てながら浴室へと入って行った。
体調が優れないのか、若しくは相当精神的に参る様な声を聞いたのかは分からないが、不安に感じた水無月は浴室へと向かった。
「大丈夫ですか、伏見さん。」
浴槽には疲れ切った様子の伏見が御湯に浸かっていた。水無月の声に反応は無く、顔を手で覆っている。
「…伏見さん?」
肩に手を触れれば、水無月に気付いた伏見は驚いた様に肩をびくりとさせた。
「吃驚させないでよ…、心臓が止まると思ったよ。」
「…大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫大丈夫。」
「…そう、ですか。食欲は?」
「…食べるよ。」
「分かりました。…逆上せないで下さいね。」
心配しながらも浴室から出ては居間で伏見を待つ事にした。
あの様子を見るに、聞いた声が原因で参っている様だ。水に入らなくとも聞こえたのだ。其れだけ思いが強いのだろう。
其れから伏見は濡れた髪を碌に拭かずに水滴を落としながら居間へと入って来た。水無月はそんな伏見をソファーに座らせては、髪を拭き乾かし始めた。其の間も何も喋らない伏見の首には掻き毟った様な傷が有った。恐らく入浴している間に掻き毟ったのか血が照れている。
「…伏見さん、一寸待ってて下さいね。」
ドライヤーを止めて離れると、救急箱を持って戻って来た。傷口を消毒すると、其の痛みに驚いた伏見が此方に視線を向けた。
「え、何。」
「首元怪我してるので手当てしてるんですよ。」
「首?」
「掻き毟ったんでしょう?ほら、動かないで下さい。」
消毒し終え絆創膏を貼ると側を離れた水無月。伏見は自分で掻き毟ったのを覚えていないのか不思議そうに首元を撫でている。無意識だった様子で他に怪我は無いだろうかと心配になった。
「髪も乾きましたし夕飯食べましょう。御粥作ったので。」
食欲は余り無さそうなので少量を装うと、未だ少し惚けている伏見の前に置いた。
「頂きます。」
「…頂きます。」
手を合わせ食べ始めると、遅れて食べ始めた伏見。体調も良くなってきたのか御粥を大きな口で頬張ると御代りをしては安心した様に笑みを零した。
「君の料理は落ち着くね。」
「そうですか?」
「…うん、本当に。」
伏見は食べ終わり手を合わせると、言い辛そうに口を開いた。
「雲龍君の声を聞いて事件の真実が判明した。」
「事件の、真実ですか…?」
「…君に伝えるか迷っている。」
「良いですよ。覚悟の上ですから。」
真冬の声を聞いた時から嫌な予感がしていた。
声の内容は、殆どは水無月や両親に対しての謝罪だった。其の謝罪は早く死んで御免等の謝罪では無く、人を殺めた事に対しての謝罪だった。
水無月真冬は、人間の脳を喰らい花を植える〈カーニヴァル〉だったのだ。そんな中出会った雲龍は死ぬ事を考えていた。雲龍は自分の犯罪と偽装しては水無月を被害者として殺し、自分も自殺した。
態々死ぬ為に出会ったばかりの殺人鬼の為に偽装し、罪を被るとは雲龍も善人だったらしい。優し過ぎる為に利用され裏切られ、そして死を選んだ雲龍は本当に不憫で哀れだ。
此の世は、優しい人間程、騙され利用され裏切られる。そして、例え後悔しても懲りずに他人の為に生きる。雲龍もそんな善人だったのだ。
「君の御姉さんは欲求を制御出来なくなっていたのだろうね。世の中にはね、欲求を制御して生きる〈カーニヴァル〉は少なくない。けれど、何かが切っ掛けで制御出来なくなり犯罪に手を染める。まあ、人間も変わりないけどね。〈カーニヴァル〉なんて怪物でも無く、唯の人間なんだから。」
人間の所業と思えない犯罪を犯すだけで、〈カーニヴァル〉は人間と何ら変わりない。只、同類とされたくないから作った言葉なのだから。
「世には、雲龍君が犯人と云う事で報道されるだろうね。遺書は恐らく警察署に届けられる。」
「…姉さんが殺害したのに、」
「そうだね。けれど、何の証拠も無いからね。警察も此の事件の捜査をほぼ退いているから遺書に書いている通り報道するだろう。」
脳華事件の犯人が誰でも構わないのだ。警察は〈カーニヴァル〉が関わっている事件には関わりたくも無いのだから。
其の後、伏見が言った通り警察署に雲龍の遺書が届いた。遺書には自分が殺害したと云う事だけが記載されていたと報道された。結局、真冬が起こした事件は雲龍が犯人と云う事となり、事件は徐々に忘れられていった。
水無月は両親に姉が本当の犯人だと伝える訳にはいかず、真相を知っているのは水無月と伏見、鈴村の三人だけだ。
「ー…姉さん。」
水無月は真冬の墓に花を供えた。友人達が花を供えてくれたのか少し萎れていた。
「何で、罪を償わなかったんだよ…。」
真冬は生きて償う冪だった。
水無月達には迷惑が掛かるが、生きて償うのが罪人の唯一の責務だ。だが、真冬は死を選んだ挙句に無実の人間が罪を被って死んだ。
「矢っ張り此処に居た。」
「伏見さん…。」
水無月を探していたのか、墓地に現れた伏見の手には菊の花が握られていた。其の菊の花を備えると手を合わせては立ち上がった。
「君は此れから、御姉さんが犯した罪を隠して生きなければならない。墓場迄ずっとだ。」
「…。」
「君は御姉さんの代わりに依頼主達を救い償って生きていくんだ。」
伏見の言葉に水無月は何とも言えない気持ちに視界が歪んだ。
覚悟をしていたにも関わらず、実際に自身の姉が犯罪を犯していたと云う真実を知ると、其の責任と罪に押し潰れそうだ。
だが、こうして水無月の重荷を共に背負おうとしている伏見の優しさに心が少し楽に成った。
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