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第6章 疲労
「最近さ、どうもイラストを描く枚数が減ってきたみたいで」
「そうなの?」
「うん。以前は日に20枚は行けたんだけどね」
「それって動物の時じゃない?」
「うん。それが虫になって15枚、それが最近は7枚が限界」
「7枚でも凄いよ」
「正面、横、後ろ、上、下、それから触角や足などの部分部分を拡大したイラストだからね。1枚仕上げるのもたいへんなんだけどね」
私はこの時、大翔が「たいへんだ」という言葉を初めて聞いたような気がした。
「最近は本当に明るくなってから寝てるだろ」
「そうなの?」
「あ、葵はぐっすり寝てるから僕が君の横に滑り込むのに気がつかないんだね」
「ごめんなさい」
「いや、いいんだよ。君まで僕に付き合って疲れてしまうことはないからね」
「うん」
「それでベッドに潜り込んでも全然眠れないんだ」
私はその一言で大翔が心配になった。
「でもノルマがあるし、睡眠時間をもっと削らないといけないかもしれない」
「そんなことをしたら倒れてしまうわ」
「うん」
大翔は朝8時になると書斎に入って、その後食事の時だけリビングに出て来て顔を見せた。そして明け方4時くらいまでずっと籠りっきりでイラストを仕上げていた。
「だって今以上に睡眠を削るって何時までやることになるの?」
「今は4時には寝るようにしているんだけど、この分じゃ5時までとか」
「それじゃ睡眠時間が3時間になってしまう」
「うん。でもそれでも間に合わなかったら6時まで起きてやらないと」
「そんな」
「それから昼食の時間ももったいないからこれからはパンを買って来てくれないかな。それをほおばりながら描くようにするから」
私は彼が言っても聞かない性格だとわかっているので、黙ってうなづいた。しかし、私の心配していたことがそれから1週間もしないで起こった。それは日に日にやつれていく彼が心配になって、私も朝まで寝付けなくなった時だった。突然大きな音が書斎の方から聞こえたので私は驚いてベッドから飛び起きたのだった。枕元のスマホを見ると深夜の2時だった。
「大丈夫? 何かあったの?」
私は彼が心配になって書斎の外から声を掛けてみた。しかし、中からは何の声もしなかった。
「大翔君」
「ねえ」
私は遂に心配になって、決して開けるなと言われたそのドアに手を掛けていた。
「やだ!」
そこには椅子から崩れ落ちた彼が横たわっていた。私は慌てて彼を抱きかかえると、もう一度彼の名前を呼んだ。
「大翔君」
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