擬態(影山飛鳥シリーズ03)

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第8章 ダブルヘッダー   「葵、夕べは済まなかったね」  大翔君がリビングに来たのは10時を少し過ぎた位だった。 「どう? 調子は」 「うん。充分寝たからね。もう大丈夫さ」  でも、そう言う大翔君はやはり疲れが完全には取れてない感じだった。 「それで高田さんになんだけどね」 「うん」 「今日が木曜日だから、明日、明後日と仕事をやった上で、それで週末にノルマをこなせなかったら、そうしたら話をしようと思うんだよ」  私は週末になってもとてもノルマに達することは無理だろうと思った。 「だって、今日そんなことを言ったって、土曜日まで頑張ればなんとかなるかもしれないじゃないですかって言われそうな気がするんだよ」 「ええ」  私は彼が頑張ってみるから、だから頑張ってダメだったらその時は潔く高田さんに頭を下げるから、と言ってるように聞こえた。 「わかった。大翔君がそう言うならそうしましょう」 「ありがとう」  私が笑顔で納得したという姿勢を見せると彼はそう言ってまた書斎に消えて行った。私はまたいつ彼が倒れるのか心配だった。でも今彼を止めることは出来ないと思った。そして睡魔が過労になり、本当に倒れてしまわない限り、彼に仕事をセーブさせるのは無理だとわかっていた。  その夜、書斎のドアが開き、大翔君が寝室に来たのは2時を少し過ぎたくらいだった。私はそれまで心配で寝つけずにいた。でも起きたまま彼を待っていることが彼に余計プレッシャーを掛けてしまうと思って、寝室の電気を消して寝た振りをして待っていた。彼はベッドに潜り込むと一瞬でいびきをかき出した。やはり体調は悪いままなのだと思った。また倒れでもして私に心配を掛けてはいけないと思って2時で切り上げたのだと思った。  私は彼が寝入るのを待って、そして静かに寝室を出ると彼の描いた続きを行うために書斎へと向かった。夕べは今まで描いたこともなかった虫の絵だったので、少し戸惑ったがその夜はかなりスピードアップをすることが出来た。最初は複雑だと思っていた蝶の姿も慣れてしまえばそれほど苦にはならなかった。私はそうして彼が目覚める7時までイラストを描き続けた。 「おはよう」  私が書斎からキッチンに移動して朝食を作っていると彼がまだ眠そうな目をこすって寝室から出て来た。 「よく眠れた?」 「うん。夕べは少し早めに寝たからね」 「そうだったの」 「葵はもう寝てたけどね」 「うん」  彼は私の作った朝食を食べるとまた書斎へ向かった。私は彼が書斎にいる間に少し仮眠を取ろうかと思っていたが、いつ彼がまた倒れるか心配だったので、それでどうしても眠れずにいた。それでも知らない間に寝入ってしまったらしい。夕食の時間になっても私が彼に声を掛けなかったので、私はリビングにやって来た彼に起こされるはめになってしまった。 「葵、夕飯は何時?」 「あ、今何時?」 「8時かな」 「え」 「8時だよ」 「うそ、じゃあ昼食は?」 「食べてない」 「ごめんなさい」 「僕も夢中になってたからすっかり忘れてたんだけど、葵はどうしてたの?」 「なんか寝ちゃってたみたい」 「お昼から今まで?」 「うん」 「そっか」  彼はそう言って笑った。私はそれで慌てて夕食を作り始めた。  その夜、彼はまた2時に寝室に入って来た。そして5分もしないで大きないびきをかき出した。私は彼が完全に眠っているのを確認すると再び書斎に向かった。私が書斎を出たのは昨日と同じ7時半だった。 
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