12人が本棚に入れています
本棚に追加
第9章 もう大丈夫
「葵、びっくりしたよ」
それは土曜の朝だった。その日も朝の7時半まで書斎でイラストを描いていた私は半分寝ぼけた頭で彼の喜びに満ちた声を聞いていた。
「それが今朝ね、高田さんにノルマを達成できなくて済みません。来週は今週の分を取り戻しますから今週は勘弁してくださいって、そう電話をしようと思って、今週描き上げたイラストを数えたんだよ。そうしたらびっくり。ノルマどころかその倍近くを描き上げていたんだよ」
「倍?」
「ああ、倍だよ。今までの最高記録」
「すごい!」
「だろ。それでわかったんだよ。ペースが落ちたって言われて頑張り過ぎたんだよ。それで1回椅子から滑り落ちたんだよな、きっと。自分では描けてないと思ってたのが今までの倍近く描けてたんだから、この分じゃもっと気楽にやったって大丈夫だよ」
「大丈夫そうなの?」
「ああ、まだまだ僕は大丈夫だよ」
「良かった」
「うん。正直な話、あれ以来毎日2時には仕事を止めてたんだけど、これなら12時には上がったって大丈夫だと思うよ。それなら睡眠も十分取れるし、葵にも心配掛けなくて済むからね」
「うん」
大翔君は本当に喜んでいた。一度は大きく失った自信を完全に取り戻していた。そんな彼を見ていて私も嬉しくなった。だから私のサポートは暫く止められないと思った。
その夜から大翔君は9時から書斎に向かい、しっかり昼食と夕食の時間を1時間ずつ取りながら、夜の12時にはベッドに潜り込んでいた。それまでは適当に仮眠をとることが出来た私だったが、心に余裕が出来たのか彼が仕事の途中でちょくちょくリビングに来るようになった。それでうかうか寝ていられなくなってしまった。もし私が昼間から寝ていたらきっと夜中に私が何かをしていると勘ぐられてしまうと思った。
私は彼が寝入った1時から朝の8時まで書斎に籠った。彼のイラストのペースは前以上にスローになっていた。それで前以上に頑張らないとノルマに達することが難しくなった。
「ちょっと余裕を持ち過ぎたかな」
次の週末は先週に比べて描き上げた枚数が下がったので彼がそう言った。それでもノルマには達していたのでこれからもこのペースで行くことにすると彼は言った。彼の顔色はどんどん良くなり、食事も進んだ。そしてたまには日曜日にどこかへ出掛けようかとまで言い出すくらいに元気になった。私はそんな彼を見て良かったと思った。しかし一方で彼のつけが私に否応なしに押し寄せた。私は次第に体調が悪くなって行くのを感じていた。
最初のコメントを投稿しよう!