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遠慮がちに視線を送り、躊躇いながらも通り過ぎる足音。
ヒソヒソと囁く声。
全てがわたしを孤独にしているみたいで、目眩がするほど怖かった。
苦しい。
はやく、はやくこの場から立ち去らないと。
……さもないと、取り返しの付かないことになる予感がした。
モノとして扱われるわたしは、自分の意志なんて持ってはいけないのに。
なんて考えているのもつかの間、
──── ああ、ほら
瞬間、その場一体、繁華街の空気が変わった。
何者かによって操られた、どうしようもなく抗えないその雰囲気に。
……まだ、はやいでしょう。
ここに現れるのは、あと、もうあと数分後のはずでしょう。
どうして、と動悸がする。
バクバクと激しく鳴る鼓動しか聞こえない。
今日に限って、神様は意地悪だ。
ざわっと揺れる闇夜の住人。
それがなにを意味しているなんて……、当たり前にわかっていた。
ああ、 逃げなきゃ。
本能的に、そう思った。
“あの男”には、……見つかってはいけないのに。
その想いを嘲笑うかのように、わたしの目の前で、突如止まった気配のない足音。
その主が、しゃがんでわたしを見つめるのが揺れる空気でわかった。
「あれ、おんな?」
「…………っ、」
───どうしてわたしに構うの。
見つけないでよ。
見えない振りしてくれていいから。
だって、いまいちばん会ってはいけない人。
その、わたしに声をかけた男。
出逢うすべての者を魅了する、圧倒的に“強い”男。
名は、冷酷で無慈悲な漆黒の帝王【レイ】。
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